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おるとちのぶろぐ

新潟中越地震を期に発足した『災害ボランティアオールとちぎ』の情報発信ブログです。

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第13陣報告会!!

<郡山>
【活動内容】
5人のグループで炊き出し
ドライバーがいればいるほどよい状況で、1日8箇所くらい回った
ビックパレット、富岡町の分をいれると1000食分以上の量の炊き出し準備をした。
ハートネット福島から指示をうけて避難所を回って作業した。連合さんと共同で作業した。

【感想】
・リーダー
3.4日目に仕事を覚えて、帰ることになってしまい、残念。
ハートネットと事務連絡がうまくとれれば、効率があがると思う。
8時半から現場に向かい、遅いときは21時くらいまで作業をした。慣れてくると19時くらいには帰れるようになった。体力的にはきつい。
実際にはボラがたくさんいたが、指示の流れが、ハートネット→自分たち→連合だったので、責任が重かった。
ある避難所では1,000人いたが、780人程度に減っている


・Aさん
 避難所は場所によって環境がかなりちがった。ハートネットの考えは、できるなら被災者が見える場所で調理し配りたい、最終的には被災者が自分たちで料理できるように目指したいとのこと。
 初日は慣れないなかの作業で大変だった。チームワークをもってやるのが大変。福島の事務所も全体を把握できていない状態。自分たちのチームワークで時間を短縮できる

・Bさん
 ドライバーをした。大きな車(ハイエースのマニュアル車)だったので、とてもあせった。仕事のほとんどが運送業的なこと。
 「野菜がほしい、たりない」の声が多い。パーテーションがない避難所もたくさんある。

・Cさん
 ドライバーとして働いた。向こうに着いて数時間でいわき市まで運転させられた。いつもは軽自動車を運転しているので、大型車は大変だった。岩城には、なかなか食材が届いていない。おにぎり1個のところがまだ多い。
なれない車でいきなり高速の運転は大変。
情報がうまくかみ合っていないように思った。なんの説明もないまま、運転・炊き出しをさせられて大変だった。コミュニケーションはほんとに大切。


・Dさん
 昼時の炊き出し、一日で5~6箇所回った。ドライバーがリーダーとして責任を持って、ボランティアに指示をだし、作業する形だった。帰ると夜の炊き出しに出かける。夜は街中に避難している人たち。
 宿泊場所は事務所の近く。近くに大きなスーパーあり。郡山市内は基本的に普通に生活できる。



<気仙沼>
【活動内容】
 全壊した建物や、町全体が流されたような場所の作業、資材管理、被災者からの聞き取り
・一日の流れ
8時に出発→ボランティアセンターで受付→現場
現場作業は、ほかのボラと20人程度のグループで動くこともあった。

石巻のボラセン
よく機能している。時間が17時までと決まっていたので、計画的にすごせた。

資材管理について
Vの方針として、ボラセンが機能し始めているので手を引く方向。
資材管理の社共は同じ人に4日間くらい続けてほしいと要請あったが、引継ぎをしっかりすれば大丈夫だと思う。



【感想】
・リーダーさん
 被災者は話をきいてほしがっているようだった。2ヶ月たって前向きになっているように思う。実際に現場を見られ、被災者の声も聞けるのでやりがいがあった。


・Eさん
 4月6-9日まで気仙沼に行った。1ヶ月後の状況を知りたくて参加した。
前回と同じ場所に行くことができた。わずかだがすこしづつ整ってきているように感じた。
ひとつ気前はボラが入れなかったが、入れるようになった場所があった。
被災者と接しない活動もあるが、今回は家の方たちとコミュニケーションをとる機会があった。家族に不幸がなかった家ばかりにあたったので、すこし気が楽だった。
家をつぶすはずなのに、中の捨てるものを出してくれという依頼を受けた→必要ないように思えるが、自分の家にいきなり重機が入って壊されるのは耐えられないはず、気持ちを汲み取ってあげてほしい。
 

・Fさん
 メディアと実際の状況の違いを知りたくて参加した。更地になっているところもあれば、そうでもないところもあり色々だった。
 取り壊す家の作業をしているときに下のほうから魚やさめなどの死骸がでてきた。2ヶ月たっているのにまだこんな状況なのだと感じた。

・Gさん
 時間が空いたので少しでも何かしたいと思い参加した。テレビでみても実感がわかなかったが、実際に見て、現実を受け入れるのが難しかった。とても悲惨な状態だった。


・Hさん
悲惨なところや、1本道を外れるとなにも被害がないようなところがあった。実際に活動し、被災者とコミュニケーションをとっているうちに、これからもボラにかかわっていきたいと思うようになった。
長期でやるほどノウハウが身につくが、1年も滞在できる人はいないので引継ぎのマニュアルなどが必要なのではないかと思った。


・Iさん
 全体を通して思ったのは、いろんな人とコミュニケーションとる機会があるので、情報をたくさん仕入れられる。
参加を希望したのは、2ヶ月たって被災地を応援する気持ちが弱まってきていると感じていた。一度現場を経験してみようと思った。被災者の話を聞けたことは大きかった。やるべきことは多い。被災地と遠い場所では危機感が薄まるので、支援の必要を今後も回りに伝えていきたい。
 思いつめすぎると、つらくなるので心のコントロールが大切。


***Vネットスタッフからの質問***
気仙沼班へ⇒⇒⇒テントの住み心地は?

① テント経験は5回目くらいだったが、その中では最高の住み心地だった。火も使えた。
② ねずみに気をつけてください。食品を衣装箱にいれるようにしたので、被害が出なくなった。
③ OBたちから毛布を差し入れてもらえたので、寒さをしのげた。


郡山班へ⇒⇒⇒
自分が思い描いていたボラと違ったと思うが・・・
被災者自身で食事の支度ができる状況にはまだまだ遠いか?

みんな気仙沼を希望していたが、郡山もボランティアが必要。
いわき市は行政が機能していない。自分たちがやったことは食事を作って、ドライバーをしながら、搬送するのがメイン。
ご飯を十分に食べられない人がたくさんいるため、大切な仕事。
火を使ってはいけない、食器を洗ってはいけないところがあるので、避難所の自立はまだ遠い。





テーマ:東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助 - ジャンル:福祉・ボランティア

  1. 2011/05/13(金) 17:01:34|
  2. 東日本大震災

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