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おるとちのぶろぐ

新潟中越地震を期に発足した『災害ボランティアオールとちぎ』の情報発信ブログです。

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現地報告4月2日~6日

4月2日~6日 現地活動報告

 郡山班
<行程>

◆4月2日
ビッグパレットで炊き出し

◆4月3日
・朝7時40分いわき市おなはまにある集会所で600人の炊き出しの準備(お昼の)
・郡山のボラセンでとん汁炊き出し(夜200、朝600)を行なった。

◆4月4日
・新知町にデニム600本搬送(ハートネットふくしまさんと協働)
・野菜切り
・炊き出しの配送

◆4月5日
・ふかしたさつまいもを避難所に運搬
・シチューを配布

<活動内容>
メインは炊き出し。次の日の炊き出しの準備(食材切りなど)、事務局の開設。
夕方は事務所で煮込んだものを届けに行く。
その他調査、支援物資の仕分け、運搬など。
活動時間は朝は早くて7時半から、夜は9時頃まで。

<感想>
・主に炊き出しを行ってきたが、「温かく野菜が沢山でありがたい」ととても感謝されました。
発泡スチロールのお皿を何回もあらって使っている状況であったので新しい器を提供したら喜ばれた。

・災害ボランティアは、報道などでは片付け作業が多い印象だったが、今回炊き出しや話相手など多岐にわたると思った。
社会人としては、ミーティングが長い、もっと効率的にできるのではなどと感じた。

・自分たちも明日、明後日にも避難する状況になるかもしれない、という状況を味わっていた。そういう緊張感のある状況の中で活動した。

・駅周辺は宇都宮市内とほぼ変わらない状況だった。
支援物資が400箱用意してあったが、100箱しか実際に使い物にならなかった。

・汚染の問題(野菜・牛乳)があり、農家の方はこの後、田植えできるのか、この後どうなるのかとかなり心配されていた。
若い人達が炊き出しボランティアを行っているのが印象的だった。


 気仙沼
<行程>

◆4月2日
16時くらいに宿泊先に到着、その後17:10にボランティアセンターのミーティングに参加
◆4月3日
8時頃にボランティアセンター到着、9時から14時半まで依頼を受けた家宅の泥出し
◆4月4日
8時から活動開始、3班に分かれる
① 避難所支援(2名)
ボランティアセンターの指示に従い避難所回り
② ボランティアセンターでの作業(2名)
資材管理、仕分け作業
③ 家宅での泥かき作業(3名)
◆4月5日
引き続き3班に分かれて行動
① 避難所支援
ボランティアセンターの指示に従い避難所回り
② ボランティアセンターでの作業
資材管理、仕分け作業
③ 家宅での泥かき作業

<感想>
・初日はほぼ移動
 家屋の泥出し作業は依頼する人によって作業内容はまちまち、効率よく行く時もあれば、活動が滞ることもある。基本的に9時から15時の活動。依頼自体は全部で15件前後だが、作業を行っているときにどこで泥だししてくれるんですか、と声もかけられることもある。なのでこれからニーズが増えるのかもしれないと思った。一階が浸水しても2階に住んでいる人もいるのでそこに話を聞きに行った。自衛隊が炊き出しを行っているが、一日2回だけで、野菜も少ない。物資が行きわたっていない所もある。(まだまだ格差を感じた)
 まだまだ今の状況が続きそう。今後、すごい数の人手が必要になるのではと感じた。話を聞いているとぽつぽつと(つぶやいて)現状や今後今後の事について話してくれた。

泥出し作業をして思ったことは、淡々と依頼に従って作業をさせてもらった。作業をおこなっているときに、「こうした方が効率的では」と思う事もあったが依頼者の意向を尊重しておこなった。
家宅を一個一個比較しない方がいいと思った。
こっちはさっきの家に比べて大したことないな、などの言葉はちょっとしたものだが傷つくと思う。その日はその日で集中し、次の日はまた新しい気持ちで取り組む必要があるということをこれから行く人に頭に入れて欲しい。

メンバーに恵まれ、非常にいい雰囲気で進んだ。
メンバーの仲が良かったから精神的に落ち着き、次の日の作業も上手くいった。

・志願したきっかけが実際に現場をみて作業をしようと思った。実際、気仙沼がひどい状況だったが、自分の目で見てもリアルに感じなかった。被災者と喋って行くうちに、リアルに感じていった。
ボランティアに行ったお宅で、2人とも手を骨折していたが、じっとしていられなくて泥出しなどを行っている状況だった。

・泥出し(2日間)、避難所回りをした。
泥出しでは、どんなに水を含んで、泥にまみれていても、持主にとっては思い出深いものでこちらで勝手に判断して撤去するのはダメだと思い、相談しながら片付けを手伝わせていただいた。被災者に求められたことをしていきたいとおもった。これは災害ボランティアじゃなくて、被災者を支援するボランティアだという君嶋さんの言葉が印象的だった。
総合体育館で毎日ごはんがでて、あたたかいものも自衛隊によって出るが、野菜が足りない、家がどうなっているか心配だ、などという意見を多く聞いた。初めて会った自分のようなボランティアに不満をぶつけてくれた。

・これから行く人には、現地に行くと信じられないような光景が広がっていて、それをみるとなんとかしてやろうと意気込んでしまうが、自分の体や出来るから、気をつけてやって欲しいと思う。
一緒にボランティアをする人とも上手くコミュニケーションを取って活動して欲しい

・南相馬の津波に会った方の話を聞いて、現地に行かなくちゃと思った。
一番最初の泥出し、2日目の泥出しと拭き掃除、3日目は避難所回り(聞き取り調査)に同行した。
老人ホームにも何人か避難していて、そこの人とも話をした。
高台の避難所にも行ったところ、水は来ないが食べ物(カップラーメン等)はある。
3日で大根一本の状況、とにかく野菜が食べたいと言っていたのが印象的だった。いろいろと調整してなんとか、繋いでいきたいと努力した。
泥出しをしていて、食器類が全くなく、欲しいという人がいた。
ほこりが舞うため、目薬、マスク等は必需品。

・やったのは社会福祉協議会からの要請での泥出しがメイン。
とてもためになり、最高なボランティアだった。

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  1. 2011/04/08(金) 16:14:57|
  2. 東日本大震災

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