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おるとちのぶろぐ

新潟中越地震を期に発足した『災害ボランティアオールとちぎ』の情報発信ブログです。

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寄付ハイク延期のお知らせ

5月14日の予定された寄付ハイクですが、

6月4日(土)に延期となりました。
行き先は、矢板のミツモチ山です。


時間などが決まりましたら、お知らせします。

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  1. 2011/04/30(土) 11:30:36|
  2. 栃木県内の活動

第9陣活動報告会

4月27日~4月30日派遣ボランティアの活動報告会です。

<郡山>【活動内容】
・主な作業は炊き出し。
・ハートネット福島さんから、メニュー表をもらって明日の準備をする。
・レシピをもらい支援物資を使って作ったが、打ち合わせが大切。
・予定の指示書がホワイトボードに掲示されている(場所・メニュー・人数など)。

2日に1回、ビックパレットに炊き出しに行った。1300食作った。
作業は、昼または夜の炊き出し、野菜切り等炊き出しの準備。
Vネットはハートネット福島の指示で動き、また20名の連合の方と一緒に活動する。
避難所は今でも、主食はおにぎり1個の状況。その中での炊き出しは喜ばれる。
ドライバーの運転は重要な活動であるが、難しくはない。


【感想】
Oさん(リーダー)
まだまだ暖かい食事が1日に1回の場合が多い。少しでも暖かい食事を差し上げることができたらと思う。
無理しないでやれる活動である。年配の方の活動について、疲れが出た場合は休むことが必要で、お互いの気配りが必要。
適材適所の仕事がある。生活は普通にできる。

Mさん
炊き出しについて、野菜切りをする場合の衛生面に気をつけること、お年寄りが多いため、均等であまり大きくない切り
方を心がけることなどに注意する。いわきへの炊き出しについて、現地に近づくにつれて荒れ果てた光景が続き、
郡山とはずいぶん異なっていた。「もり」にて炊き出し。まだまだ復興しなければならない。

Aさん
仕事の中には、大きい釜やガスボンベの移送、車運転などがあり、男性の方にもぜひ参加してほしい。
放射能について、現地のかたはあまり気にしていない様子で、普通の生活である。
宿泊について、風呂はないが、ほかのライフラインは完備されている。近くに300円で入れる銭湯があり、
作業終了した後、車で行った。今回は雨の日があったが、すぐに行動できるカッパ等あるといい。

Sさん
郡山では朝から晩まで仕事があり、充実している。足並みをそろえることが重要。適材適所で作業をする。
年齢によって感じることは違うので、さまざまな年齢層の人に参加してもらいたい。
指示待ちだと何もできないので、自分から行動する。被災者の方のことを念頭に置いた活動をすることが重要である。

<気仙沼>
【活動内容】

・ボランティアセンターでの資材管理所、受付業務。
・民家での泥出し作業。

【感想】
Tさん
3日間資材管理の作業をした。ボランティアセンターのしくみについて説明(受付、資材管理、泥出し)。
朝、まず全員受付をする。9時にマッチングをし、泥出しのメンバーを調整する。
資材管理において、資材の名前を覚えるのが大変。社協の人と協力しながら資材管理の仕事をした。
この活動に参加する前に、大学の初回のゼミで、この震災に関して「今後どのようにしたらいいのだろう」
という話をしたが、他人事だった。実際参加して、現場に行くことの意味を実感し、
またボランティアセンターで知り合ったスタッフとコミュニケーションが取れたことはよかった。
行く前にボランティアとして何ができるのか、と自問していたが、これからも、何が必要なのかを考えていきたい。

Kさん
受け付けをした。初めて/2回目以降のボランティアの受付についての説明。
ボランティアに来る人は午前中で、その後は時間があるので、作業が足りないところに泥だしの作業に入る
こともあった。現地は、魚が腐敗した臭いがきつかった。家主の方とのコミュニケーションにより、何か感じるものがあった。

Sさん
高校生初の参加であったが、今回さまざまな年齢の人と一緒に活動した。ワークマンで作業着を買った。
粉塵のためにゴーグル、マスクが必要だった。被災された方のほうが元気で、逆に励まされた。
3日目は陸前高田に車で行ったが、流されて全く家がなかったり、防波堤が壊れたり、
駅に車が突っ込んでいたり…様々な光景を目にした。言葉も出なかった。
この活動は将来的にも役に立つと言われ、自分でもそう思った。

Tさん
被災された方の明るい気持ちから、逆に自分たちが元気をもらった。泥出しは臭いもすごい。
陸前高田などは本当にひどく、悲しくなったが、自分にできることはたくさんあると感じ、
新たに一生懸命がんばろうという気持ちになった。このようないろいろな体験は有意義であり、
今後は栃木でできることを考えていきたい。

Kさん
被災地は自分にとって地獄のような光景だった。もしこれが自分の町だったらと思うと何もできない。
みんなが力を合わせれば、少しでも復興できるのではないかと思う。これからもボランティアを続けて
いきたい。また、ほかの人たちにも伝えていきたい。

Eさん
長期的な支援が必要。次回また機会があったら参加したい。

Fさん
泥出しにおいて、女性でもできる作業はたくさんある。まだまだ復興には程遠く、皆さんの力が必要である。

【質問】
気仙沼班へ:自衛隊の活動について
銃器が入るような場所には自衛隊が入る。ボランティアは泥出し等の作業。

気仙沼班:生活面の質問について現在の集会所は4月30日までで、その後はボランティアの私有地でテント生活になる。簡易的なキッチンを入れる予定。仮説トイレ。シャワーなし、たまご湯19時まで入れる(5月からは500円)。

郡山班:日々の作業について
昼は避難所に行く。運転していって炊き出しする。ドライバーは道を覚えることも役目。同じ避難所に行く場合もある。宿泊所には風呂がないので、ワゴン車でスーパー銭湯に行く(10分)。

郡山班/気仙沼班:福島は40日も経つのに、まだ日常の食事はおにぎりだけなのか?
郡山市では、弁当屋の復旧により、店から取ることがある。管轄によって配給されるものが違う。
気仙沼の避難所は、自分たちでご飯を出しているところもある。材料・資材を提供し、
住民の方で担当を決め、自活することも考えられる。しかし、場所によっては、
思うように使わせてもらえない施設もある。施設・学校等の管理者次第で状況は異なる。
対比すると、郡山は住民のリセットができておらず、逃げているだけで、気仙沼はダメージを処理している。


< 事務局Yよりまとめ>

現時点で、延べ1100名のボランティアが活動した。しかし、被災地全域では阪神の1/10程度である。
栃木県から2ヶ月間で2万人のボランティア派遣構想があり、キャンペーンをするつもりである。
場所は日帰りで行ける石巻を考えている。
今回の被災は500キロの範囲であり、20万6千世帯に対して、ほとんど人が足りていない。
現地で活動することを、考えてほしい。これまでに参加したボランティア一人一人が10人連れて行けば、
大きな数になる。この2ヶ月間が勝負である。
  1. 2011/04/28(木) 16:55:41|
  2. 東日本大震災

第2回まけないぞう講習会

2回目のまけないそう講習会が決まりました。

日程:5月6日(金)13:30~14:30
場所:とちぎボランティアネットワーク事務局3F
定員:12名
会費:無料


☆きれいなタオル(白でも柄物でもOK)と簡単な裁縫用具を
お持ちください

お申し込みはお電話でお願いいたします

とちぎボランティアネットワーク
災害支援事務局
028-627-5590

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  1. 2011/04/26(火) 15:23:15|
  2. 東日本大震災

ブログに・・・

つかの間ブログにオールとちぎの石巻日帰りボランティアの活動が紹介されました。


http://tsukalive.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-3.html


つかちゃんありがとうございます!
管理者のつかちゃんは、岩手・宮城内陸地震の被災地栗駒の自然学校のスタッフ。
私も4月9日に専修大学で偶然お会いしました。



  1. 2011/04/25(月) 23:49:40|
  2. 未分類

石巻 泥んこ部隊報告 4/20

石巻日帰り泥んこ部隊報告(4/20)   保坂 登

車窓から

4/20、2回目の宮城県石巻市内に災害ボランティアで行ってきました。
青年会館コンセーレを4時に出発した富士観光バス(栃木市)は38名を
乗せて一路、宮城へ向かいました。
相変わらず凸凹の連続の東北道だ、でも高速は高速だ、一般道よりは
早い。仙台南ICで東北道と別れて、仙台南部道路~仙台東部道路~三陸自
動車道と乗りついて石巻河南インターで降りて専修大学校内のボランティ
アセンターに9時15分に到着だ。(2週間ぶりだ)
福島・宮城の車窓からは、山々から山麓まで雪化粧だ、そんな中で吉野
桜が満開でした。
さらに仙台東部自動車道からは右側の太平洋に面しているつ地区は、
まだほとんど手のつけられていない災害地で瓦礫の山が延々と続いてい
ました。(TVで放映されている災害風景そのものです)
 
今回は旧北上川の中州にある漫画館の東側の災害地に入りました。
専修大学ボラセンターを出発して、旧北上川の開北橋を渡り市街地に入
りさらに石巻大橋を渡り国道398号を東進して中州にある石巻漫画館の真
東に当たる現地ボラ連絡所に到着してバスを降りました。
そこから作業地までは歩くと30分かかるので、2トンダンプカーで現地に向かう、
もちろん停電中で交差点は警察官の手信号でした。
車窓やダンプから見た災害地は悲惨でとても言い表せない被災でしたよ。
R398号はまだ冠水と砂利で応急的に瓦礫の間を何とか通行できる状態でした。

北上川に近い道路沿いの両側の建物は倒壊した家・2階家で1階が倒壊
している、中には逆さまになったワゴン車が1階の部分を支えていたり、
まるっきり横転している家、そんな家の中に1階2階関係なく多くの車が突っ込ん
でいる状態など無傷な家は1軒もありませんでした。
 
 さらに数100トンもある漁船が家を潰してのしかかっている状態、
 
 さらに大湊小学校の校庭にあるプールにはワゴン車が浮いている状態、
 
 さらに墓地では墓標の上に逆さまになったワゴン車が乗っている状態、

でもそんな中で会社や店舗で復興に頑張っている社員や従業員が多くみ
られた、心強いですよね。


泥んこ部隊活躍

ダンプカーで運ばれた13名は石巻市大門崎地内のある民家に入りました。
必ず必要なヘルメットは下野市シルバー人材センターの表示された
もので「年寄りも頑張っているぞ」と見てもらいため借用したものだ。
雨合羽にゴム手袋、長靴にマスク姿で腕にはガムテークにマジック
で名前を書いて張り付けた作業姿だ。
資機材は1輪車とスコップと土のう袋で、あとはすべて人力での作業だ。
路地の角地に建つ被災した家は、直接の津波は免れましたが、2階
の床まで水没して、道路に面した小屋は半壊し、門には乗用車が、さら
に庭には1,5mの塀を乗り越えて、どこからか流れてきた自動車が2台
放置されていた、さらに津波で流れついた家庭用品等で足の踏み場もない状態だ。

まず家人から話を聞くと、
「2階の畳の上まで水が上がったよ、1階にいた年寄り(老夫婦)は
翌日に水が引いたとき、この部屋で重なるようになって死んでいたよ」
と1階の部屋を指さしていました。

「とりあえず1階の部屋の中の品物を道路まで出してもらいたい」
                              
話を聞いて、まず合掌して、その部屋から綺麗にしょうと作業を開始しました。

大きな2階家で特に重たいのが水を吸った畳・ピアノ・大型冷蔵庫・
タンス類を全員して協力して搬出しました。ピアノは無理かなと思って
いましたが、さすが栃木軍団だ、動かしてしまったよ。
今回の仲間は、大学生・青年・若い女性・中年・高年者等でしたが、
それはそれは一生懸命で昼食抜きの作業で引き上げの時間までには
何とか1階の5部屋の片付け作業を終了した。

家人から感謝の言葉を頂き「記念の集合写真を撮らせてくれ」と、
泥だらけの姿で記念撮影に、喜んで集合しましたよ。
また今回も責任者にさせられたが、全員怪我もなく無事終了して安心しました。
見えなくなるまで親子で手を振ってくれていました、あれで良かった
のかなと反省しながら、ある満足感にしたった瞬間でした。

帰路は石巻専修大学を16時に出発し、渋滞中の三陸道・仙台東
道を通過して無事東北道に、無事宇都宮コンセーレには22時に到着しました。
家には23時に無事到着しました、なぜか疲れと満足感にしたりながら
乾杯して午前0時には休みました。

 さて、次回は何時になるかな?

  1. 2011/04/25(月) 00:08:43|
  2. 東日本大震災

4月23日 足湯隊報告

4月23日、足湯隊が鹿沼フォレストアリーナに行きました。

<足湯ボランティアの感想>
・時間をかけて福島の方たちと触れ合う機会が大切であると思った。
・足湯の現場がしっかり見られて良かった。
・今までのボランティアの方の活動が良かったので避難者から声をかけてくれてうれしかった。
・この先の長期的な関わりにつなげていけるように工夫していきたいと思った。
・今まで以上に親近感がわいてきた。
・一回目よりは緊張しなかった。
・家に帰る方、鬼怒川温泉に行く方、それぞれ前向きに生活されているようだった。
・とても良い関係性が出来上がっていた様子。
・皆さんの表情からだいぶリラックスしてうちとけていた感じが伝わってきた。
・ぞうきん作りでは、85歳の方に元気をいただいた。

<足湯ボランティア反省>
・いろいろな人と話をすればよかった
・しゃべりづらい人に対して、言葉をかけてあげればよかった
・足湯の準備で一連の流れが必要。やる前に自己紹介が必要だと思った
・足湯の他にウノなどをやって被災者の方と遊んでいたが、遊びだけでなくてもっと実際の足湯の活動が必要だった

<リーダー感想>
避難所閉鎖のため、今日は鹿沼フォレストアリーナの足湯は最終日となりました。
靴下を脱いで駆け寄ってきてくれる子どもたち、「待ってたよ」と行って下さるお年寄り、私たちより先に銭湯をきって片付けをし、お見送りをしてくれる男性陣・・・
そんな避難者の方たちのさりげない心づかいが今日まで私たちの活動を支えてくれる大きなエネルギーでした。
避難者の方たちはこれから新たな生活が始まる。私たちは今後も皆さんと共に、一日も早く安心して生活できる日を目指し、活動していきたいと思っています。そして・・・これから行かれる先でもお声がかかりましたら伺います!






県内足湯隊では、今後福島県など被災地に出張に行く“出張足湯ボラ”活動をしていきます。土・日をメインに一泊二日で行く予定です。くわしい日程が決まりましたらブログ掲載させて頂きます。
  1. 2011/04/24(日) 15:35:10|
  2. 東日本大震災

第8陣活動報告会

昨日の第8陣活動報告会の内容を報告します。

<郡山>
【活動内容】
主に炊き出し。
一日の流れとしては、以下の二つのグループに分かれて行動
・お昼の炊き出し(4、5か所)→夜の炊き出し、夜の準備
・翌日の準備

【感想】
Aさん
炊き出しを提供して、おいしかったなと言ってもらえると嬉しかった。

Bさん
初めてのボランティア参加だったが、有意義な時間を過ごした。
初めての人でも対応できる。包丁も使ったことがなくても何とかなる。
安心して自分の出来る事をするようにこころがければ大丈夫。

Cさん
年齢もばらばら、チームワークが取れるか心配だったが、帰る時までにはチームワークが良くなっていた。
仕事が終わった後チームのメンバーと楽しい夕食をとったりした。
行く人は不安があると思うが、頑張ってやればできる。

Dさん
被災者の方と直接関わることはなかったが、自分に出来る事を精一杯するだけでも向こうのスタッフのためになる。
とちぎボランティアネットワークの名前に恥じないように社会的ルールを守ってほしい。

Eさん
時間に追われるボランティア活動だった。初日は何が何だか分からない、2日目、3日目になんとなくわかって、分かった頃に帰ってくるという状態。
放射能は宇都宮と変わらないので心配ない。

<気仙沼>
【活動内容】
家屋の泥出し、現地のボランティアセンターの受付、資材管理担当。

【感想】
Fさん
自己自身は初めてで素人。
一人だと気ままに自由にやれるが、グループだと声掛けをして皆でやることが重要。
プロジェクトマネジメントを意識してやってきた。

問題点の垂れ流し状態な所がある、「なぜ」を追求する事が必要。

Gさん
自分は頑張りすぎてしまうタイプ、頑張らないボランティアをするつもりでいったが頑張りすぎた
重いものは運ぶのは諦めた方がいい
打撲したが、骨折しなくてよかった
毎日必要とされているものが違う、毎日違うと思った方がいい。
難しく考えないで欲しい、単純に考えて欲しい。

Hさん
頑張らないボランティアというテーマが初心者の人には特にある。
何か得意なものをやれば絶対返ってくる。

Iさん
今はみんな落ち込んでいる。
みんな頑張りたいと思うと思うが、安全第一で。
チームワークでの頑張りが大切。
どこに行っても声をかけること、コミュニケーション、リーダーに報告することを意識して欲しい。


Jさん
被災者の中で津波で流れてきた魚などを食べて、それで食をつないでいた人がいる。
食に対する感謝は忘れないようにしたいと思った。

Kさん
皆は現場に行って泥出しなどをやっていたが、自分は受付をやっていた。
ボランティアに来た人の待ち時間が多い、もっと泥出しの宣伝すればいいのにと思ったが、実際にそこをまとめている人たちは不自由な生活の中で精いっぱいやっているので、
効率とかを考えるよりも想いをよせてやることが重要だと思った。
一緒に活動をする人達とのチームワークも重要。


Lさん
一生懸命頑張ろうと思って行ったので、泥出しをやる方が充実感があるだろうと最初は思ったが、
その泥出しをやる人たちの後方支援を頑張ろうと思った。
後方支援隊になってがっかりするひともいるかもしれないが、そういう人も必要なので、これから行く人には頑張って欲しい。
いろんな性格の人がチームに集まったので、それがすごく良かった。

Mさん
撤去作業、泥かきなど力仕事をした。
女一人で足手まといでなかったかなと思ったが、自分なりに一生懸命頑張ってきた。
これから行く人は怪我などに気をつけていって欲しい。


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  1. 2011/04/24(日) 15:18:09|
  2. 東日本大震災

できました☆まけないぞう

去る4月16日に『まけないぞう』講習会を行いました。
こんな可愛い壁掛けタイプの手拭きタオルができました。
今後、避難施設にいるかた達の生きがい・収入になるよう、広めていきたいと
考えています。

近日中に第2回講習会を開催する予定です。
後日、避難所にいる方たちに作り方を教えにいける方、是非ご参加ください。
決定次第、ブログでお知らせします。

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  1. 2011/04/23(土) 16:34:26|
  2. 東日本大震災

最新募集状況

日帰りボランティア・滞在型ボランティアの最新募集状況です。

●日帰り泥出しボランティア
4/23 定員50人(満員)
バス便提供:やしお観光バス㈱ →悪天候のため中止

4/24 定員50人(満員)
バス便提供:大越観光バス㈱

4/27 定員50人(あと16人)
バス便提供: ㈱こまどり交通

4/30定員50人(満員)
バス便提供: ㈱横根交通

5/1 定員50人(あと27人)
バス便提供:ビューロマン観光㈱

5/4 定員50人(あと28人)
バス便提供:豊交通㈱

5/7 定員50人(あと41人)
バス便提供:TCB観光㈱

5/8 定員50人(あと49人)
バス便提供:(有)いまいちハロー観光交通

●滞在型ボランティア

第8陣

4/23(土)~4/27(水)
定員:20人(あと13人)
バス便提供:栃木県青年会館

第9陣

4/27(水)~4/30(土)
定員:20人(あと16人)
バス便提供:栃木県青年会館

第10陣
4/30(土)~5/4(水)
定員:20人(募集締め切り)
バス便提供:栃木県青年会館

第11陣
5/4(水)~5/7(土)
定員:20人(募集締め切り)
バス便提供:栃木県青年会館

第12陣
5/7(土)~5/11(水)
定員:20人(あと20人)
バス便提供:栃木県青年会館

第11陣
5/11(水)~5/14(土)
定員:20人(あと19人)
バス便提供:栃木県青年会館

第13陣
5/14(土)~5/18(水)
定員:20人(あと20人)
バス便提供:栃木県青年会館

第14陣
5/18(水)~5/21(土)
定員:20人(あと20人)
バス便提供:栃木県青年会館

第15陣
5/21(土)~5/25(水)
定員:20人(あと20人)
バス便提供:栃木県青年会館
  1. 2011/04/22(金) 18:37:10|
  2. 東日本大震災

第6陣活動報告会

昨日行われました第6陣活動報告会の内容を報告いたします。

<郡山>
【活動内容】
炊き出し、炊き出し準備(野菜切りなど)、炊き出したものの配送、現地の協力団体ハートネットふくしまさんの事務所のお手伝いなど

【感想】

Aさん
主な活動は避難した方の炊き出し、炊き出しの事前準備と支援物資の運搬など。
各避難所にいき炊き出しを行い、ふれあい、コミニューケーションをとった。
福島の被害は酷いので長い目で見て支援が必要。
現地に行くと被災者の心の中の問題が見えて良かった。

Bさん
被災地は津波と地震のイメージがあるが、郡山は原発の影響が大きい
避難所はまだまだたくさんあり、炊き出しは一年くらいで考えている。
炊き出しはすごく喜んでくれる方がたくさんいる。
現地の人と話が出来て良かった。
福島をこれからも応援したい。

Cさん
見えないところで苦しんでいる人がいることを知った。
何もしないと仕事がないから、自分から動く事が大切。受け身の体制では暇になる。
一緒に活動したハートネット福島さんも被災者、話をして見える被災と見えない被災の両方を感じた。

Dさん
ボランアティアは外に出るだけではなく裏方の仕事が真髄。
福島の人は地震と風評と放射能で泣いている。
泣きながら笑顔をつくっている。
周りの私たちが福島を応援したい。

Eさん
ドライバー担当した。自分の役割を心がけてやった。
福島の地理がわからなく苦労した。
ハートネット福島さんも指示を全部してくれるわけではないので、自分で動かなければいけない。
各自が地図などの準備が必要。
影の支えが大切だと感じた。

Fさん
ドライバーと料理で忙しかった。毎日があっというま。
心が一つだとこんなにもすばらしい仕事ができるのを知った。

Gさん
寝袋があっても寒い。
報道ではもう毛布など行きわたっている様子だったが、実際には足りない。現地の人のことを肌で感じた。

Hさん
仕事の効率化を図り、改善した。
悲しい気持ちでいるが、こころのケアの必要性を感じた。
大学の中では風化が始まっているようにかんじる。


<気仙沼>
【活動内容】
現地(気仙沼)のボランティアセンターで登録し、家屋の泥出し作業。

【感想】
Iさん
作業服はヘルメット、ゴーグル、マスク、手袋(油をはじく)が必要。使い捨てるつもりで。
作業をするなかで笑顔をみてみたくなった。
何をするにも誰かにためになる。

Jさん
主に浸水した家の家電製品・家具・衣類を運ぶ出す作業をした。
力仕事なので、健康管理をしっかりした方がよい。
Tvで見るより直接見た方がひどい。ここに町があったかと思う。
自分たちより現地の気持ちが強い。

Kさん
女性の仕事について。木材などの瓦礫の片付け・食器などの洗いものをやった。
被災宅の奥さんと話をしたりした。
体力に自信はなくてもできる事はたくさんあると思った。
被災地を直接見てみたいという好奇心が強かったので、初めは「こんな気持ちで参加していいのかな」と思ったりしていたが、活動が始まると現地の人が前向きに頑張っているのを見て、行って良かったと思えるようになった。

Lさん
被災者の要望を聞いて動いた。
2軒の民家に作業に行った。家のご主人が「冗談を言わなきゃやってられない」と言っていた。初めは、向こうで冗談を言うなどもってのほかと思っていたが、笑う気持ちも大切。
事前にニーズ票を見てから作業にあたった。1日目は家の中きれいになりましたね、外もきれいにしてほしい、と言われるくらいだった。皆と相談して2日目も同じ家に行くことにした。終わり間際にあれもこれも頼まれた。慣れないうちは、相手も頼みごとを言いづらい。会話する事によって、ニーズを引き出すことが大切。


Mさん
昔気仙沼で暮らした時の知り合いの家を訪ねたがすぐには会えなかった。個人的なことなので、休み時間を利用したりして周りに迷惑をかけないように心がけたが、メンバーは私用なのにやさしく声をかけてくれた。
出かけ間際に本人と出会えて、再会の約束をした。

Nさん
向こうはまだ真冬のよう。軽装でいったため寒かった。雪も降った。寝袋が寒くて夜中に起きる人もいた。毛布が欲しかった。シャワー室が離れているので、サンダルがあるといい。


Oさん
食事について困る事はなかった。
地元での買い物を通して心のケアもするようにした。
撤去だけがメインと思ったが現地の人と関係ない話をして交流を持ち、少しでも元気になって欲しいもらうことが大切。
仲良くなる事で、本当に頼みたい事を相手が言えるようになる。

Pさん
依頼者のものをむやみに捨てていいのか迷った。
リセットしたい気持ちが明らかに使えるような家の家財を捨てて欲しいと言われた時にあると感じた。

Qさん
チームとして行動する事を心がけた。
初めて会う、いろんな人の集まりで不安があった。
現場にでると気持ちが先走り無理しがち。声をかけあって行動するようにした。
ボランティアとしてはプロではないでないので、できることをいっぱいやればよいと思った。
次行く人たちにはあまり心配せずに頑張って欲しい。
チームのメンバー、現地の宿舎の家主にもめぐまれた。
行く前は色んな人の心の支えになりたいと思っていが、5日間で2軒しか回れなかったのが心残り
ニーズは、まだまだ高い。

  1. 2011/04/21(木) 18:52:55|
  2. 東日本大震災

久しぶりのV飯

3月11日に起きた東日本大震災から、しばらくお休みしていた定例会としてのV飯が
久しぶりに開催しました。
いつものオールとちぎの面々、全員は集まれませんでしたが
コアメンバーに加え、新しいメンバーも加わってのV飯。

会議の内容は、
今回の震災について、これからどうしていくか?
現状での課題などを出して検討しました。
○オールとちぎの活動内容としては、
 派遣コーディネート(派遣先:郡山、気仙沼、石巻)
 街頭募金活動
 募金箱設置、回収
 マスコミ対応
 県内避難所支援など

特に、派遣コーディネートは、派遣先が3か所で、日帰り石巻は増便している状況にあり、
電話受け付けだけでもひっきりなしにかかってきている状況。
とにかく、送り出す裏方のボランティアが絶対数足りていない。
土日はまあまあいるが、平日が少ない。
ピンポイントで、今まで参加したボランティアに声かけする。
派遣に関しては、現地も含めて3名の常駐スタッフを置く方向で検討中。

○県内避難所チーム
今後、体育館などの避難所から温泉地のホテルなどへの引っ越しが始まる。
引っ越しした後は、それぞれ暮らすことになり孤立化が懸念される。
引っ越しなどのお手伝いをすることで関係性を作り、各温泉地(観光地)で集える場作りが必要になってくる。
避難者への有益情報の提供などの支援の継続の必要。
その後、当事者の会が発足できるよう働きかけ。
引っ越しお手伝いボラのコーディネートが必要になる!誰がやる?
今週末の足湯隊の後にミーティング開催予定。

○派遣コーディネート
バス便が満員なので単独やチームで行きたいが、現地で活動できるか心配なので
オールとちぎなどの団体と一緒について行きたいという声もある。
現行のバス便以外で、県内各地でバス便を出せるよう後押しする。
バスやボランティアのコーディネートまでそれぞれでやってもらう。

○被災地に家を建てる
仮設住宅の建設が遅れている。
早期の住宅再建・地域コミュニティ維持に向けた取り組みの必要性を話し合った。

○郡山支援
炊き出しの人出は足りていない。しかし、炊き出しだけでいいのか。
気仙沼行きと移動ルートを分けて、直行便にした方が良いのではないか。
郡山からいわきは、移動に時間もかかるので、栃木県内から直接支援出来るような
仕掛けが出来ないか?

久しぶりのオルとち会議。
途中、これまたタイムリーに新潟からの電話が2本。
平澤さんとナカヤチさん。
長岡市川口は、宮城県山元町へ支援をしていく方向で話し合いが進んでいると。
先日行ってきた石巻の現状をお伝えし、現地ににはまだまだボランティアが足りていないとお話しました。

日本が一丸となって、被災地を応援しましょう!



          しばらく新潟に行けないけれど、ずっと思っているからね~


  1. 2011/04/21(木) 01:37:37|
  2. 栃木県内の活動

石巻 泥出しボランティア

これまで土曜日のみの石巻日帰りボラバス便でしたが、
現地のニーズに少しでも対応できるようにと水曜、土曜、日曜日に増便しました。
私も早速電話しましたが、既に土曜日は満員。で、日曜日に申し込み。

4月17日(日)、4時に宇都宮のコンセーレを出発。
今回は、栃木交通様がバスの協力をしてくださいました。感謝です。
現地まで、昨日は事故渋滞に巻き込まれ大幅に遅れたようですが
今回は、予定通りに専修大学のボラセンと到着。
受け付けを済ませて現地に向かいます。
今回もニーズがなく現地を回ってのローラー作戦。(ニーズがないわけではありません、上がってこないのです)
石巻女子商業高校で3班に分かれて、各地に歩いて移動します。
この日は天気がよく暑くなると予想されましたが、思いのほか風が強くカッパを着たまま作業を行いました。
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1軒目のお宅では、畳出しのお手伝い。
あっという間に終了。
お父さんとお話。
自宅は、階段の踊り場まで水が来た。
おじいちゃんとおばあちゃんが行方不明だそうです。
家の方は、1階の畳をはずして毛布を敷きつめて寝ているそうです。
床下の泥出しはまだ。やらなきゃならないのは何となく聞いているが
この状態だと、寝るところがなくなってしまうから・・・と
泥出しのタイミングが分からずいました。
泥出しする時は、災害VCに連絡するといいですよ。連絡先をお伝えしました。

2軒目は、近所のレンタルビデオ屋さんから流れてきた大量のDVDやCD、コミックなどの撤去。
砂に混じってガラスも流されてきているので、気をつけなければなりません。
次々に出てくるDVDの下には、様々なタイルが出てきます。
聞くと、この家がタイル業者さんだったそうです。
DVDの他には、これまた近所の美容室からシャンプーなどの整髪剤などもありました。
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お昼休憩中、お隣から問い合わせ。
「家には来てくれないか?市役所には言ってあるんだけど…」
昼食後、班の半分がお隣のお手伝いに参加しました。
災害ボランティアセンターの存在が知られていない現状にあり、
災害VCの連絡先を近所の方々に教えてあげてくださいとお伝えして回りました。

この日、他の班では、流されてきた冷凍イカの撤去作業をしてきたそうです。
しばらくイカはいいかな…とも。
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動かなくなったトラックが町のあちこちに

参加した皆さん、被災地に人は全然足りていないことが分かり
「栃木に帰ってから知人に声をかけてまた来たい!」という声を多く聞くことが出来ました。
行き帰りの移動時間が10時間かかり、作業時間は3時間半程度。
テントなどを持ち込んで泊り込みで参加することも方法としてはありますが
なかなか単独での参加にはしり込みしてしまうようです。
東北地方への玄関口にあたる栃木県。
より一層のボランティアを被災地に支援に送り出せるよう
事務局ボランティアを求めています。

電話受け付けやバス派遣の事務作業、減免申請業務、現地滞在ボラとの情報交換など
様々な業務があります。
私に出来るかしら…と心配御無用。
自分に出来ることをやっていただいて結構です。
一人でも多くの協力をお願いいたします。
電話 028-627-5590まで

  1. 2011/04/20(水) 23:41:34|
  2. 東日本大震災

4月16日足湯隊行ってきました!

4月16日足湯隊行ってきました!場所は鹿沼フォレストアリーナ。

今回は12名のボランティアで足湯を行い、30名前後の避難者の方に来て頂きました。

<足湯隊の感想>
・回数を重ねるほど避難者の方がフレンドリーになっていくのを身を持って感じる事が出来ました。足湯のためでなく、私たちに会いに来てくれるという感触があり、本当に言ってよかったと感動しています。
・「おばあちゃんが火事でなくなってしまった。津波で流されてしまった知り合いがいる。」まだ小学生の子がこういった現実を話すのを聞いていると胸が痛くなりました。この現実を受け止められるのか気になりました。
・今回は4回目の足湯訪問。避難者の方たちが私たち足湯隊を待っていて下さる事はとても嬉しいことですが、避難所生活も一カ月を過ぎ、やはり今後の生活が気になります。
・自分としては話してみたい事、質問してみたい事はたくさんありましたが、思い出したくない事まで思い出させてしまうのではないかと思い、いろいろな話をすることが出来なかった。
・子どもたちが今まで以上に甘えてきてくれて、嬉しい半面、ストレスを抱えているのが伝わってきた。帰り際に泣いてしまった子がいた。



<リーダー感想>
「昨日お花見に言ってきてすごく良かった。でも、新聞やニュースを見ている時は今も心が張り裂けそうだね。」「お花見がえり、一ヶ月ぶりにラーメンを食べてすごくおいしかった。」
わたしたち栃木県民も地震直後は度重なる余震に不安を抱えたり、スーパーに物が並ばなかったり・・・今までにない経験をしましたが、今は手を伸ばせば以前と同じようにたいていの者は手に入ります。
しかし、避難者の方たちはまだまだ心休まる時はありません。
避難者の方たちは私たち以上にこれからの日本に不安を抱いているとも思います。足湯を通してお話を聞く事で、私も小さな事の喜びを、当たり前になりつつある事が本当は当たり前ではないのだという事を学ばせてもらっています。また、足湯隊を待っていて下さる方はありがたい事ですが、先が見えない中で、毎日変わらない避難所生活を送っている方々のことを思うと、とても複雑な気持ちになります。
  1. 2011/04/18(月) 00:53:14|
  2. 東日本大震災

第5陣活動報告会

昨日の第5陣活動報告会の内容を報告いたします。


<郡山>
【活動行程】
初日~4日目まで

だいたい6時半に事務所出発
午前中は各避難所に赴きカレーライスやトマトスープなどを現場で作り、被災者に提供
午後は近い所に事務所で炊き出しをしたものを配達(5,6か所)
その後次の日の炊き出しの準備、車への積み込み


【感想】
Aさん
夜9時10時までかかった事も多かったが、充実していた。
1,2日目はとまどいもおおかったがその後は慣れてきた
被災者の笑顔に救われた。
炊き出しに行っても直接配る場合はそんなに多くなく、余り被災者と接点はなかったが、その中でも笑顔で接してくれる人が多かった。
自分だったら笑顔になれるだろうか、と思ってたくましさを感じた。
自分はリーダーをやれるタイプではないが、みなさんのサポート、バックアップでやりきれた。

Bさん
ある避難所で被災者の方に笑顔が無かった。
それに対して自分は「具合はどうですか」と言う事から聞いていくと心を開いてくれた。
まず自分の笑顔を見せないと駄目、それで相手の心に入っていくのが大切だと思った。
悲しい笑顔と嬉しい笑顔の違いをわきまえていった。
聞いてないがプライバシーのこともはなしてくれた(家のローン、行政は何もやってくれない、どうしたらいいかわからない、保険をすぐに払ってくれないなど)。

Cさん
郡山はほぼ復興している、被害を受けている場所はほぼ分からない。
避難所は、大規模な所は縮小されていって閉鎖されている。
炊き出しは何か所もあるが人数はどんどん減っていっている。
取り残されている避難所の人達を感じた、そういう人たちを今後どうやって救って行けばいいのかと思った。
自分の中で流れを覚えるのが作業を上手く行かせるために重要な事。

Dさん
今回初めて災害ボランティアに参加した。
チームも初対面の人間だった。
初めての人と共同生活を送ることに不安を感じていたが、同じ目的をもっているだけでチームの団結力は高まったと思う。
今回のチームは良い人に恵まれたと思った。
被災地の写真を見てから行くと、郡山は普通に見えるが、避難所には津波や原発の被害にあって不安な人が多くいる。
簡単なものだが温かいものを提供すると喜ばれ、こんなもので喜んでもらっていいのか、とも思ったがやりがいを感じた。

Eさん
一日目 朝5時半出発で、朝早くから行って活動するという事で、一日の段取りが分からない事があった。
これから行く方も分からない状態になると思うが、やるうちに段取りはつかめると思う。
宮城と岩手の被災とはかなり違う。
炊き出しに行って、明るい人と悲しい人といろいろいた。
比較的明るい表情で迎えてくれて、提供した食べ物を本当に喜んで食べてくれて、本当に嬉しく感じた。
自分は“頑張らないボランティア”をすすめる。無理せずに活動して欲しい。
チーム内の協調性が大切。

Fさん
テレビで見る悲惨な状況をずーっとみることになる。
終わりが見えない。
その中で、地味かもしれないが炊き出しは大切だし、さらにそれを継続していくことが重要だと思った。

Gさん
2回目の今回の目標はメンバーの健康管理と安全。
余震が多い事と放射能の事で福島に行きたがらない人が多いので、事前準備をしっかりした。
メーリングリストを作成したり、しっかり心の交流をした。
前の隊の報告を良く聞いてから行くといい。
必要のないものはあまり持って行かない方がいいと思う。
連合との共同作業が多かったので、適度に休みを取った。
被災者の方が自ら掃除などやって、動いている。
学校や仕事で避難所からどんどん人が減り、高齢者など社会的弱者が残るため、炊き出しのニーズは残る。
参加した人たちが自分たちが楽しいのではなく、被災者の方に喜んでもらえて良かったという感想に変わっていっているのが良かった。
使命感を持って行って欲しい、持っていない人はむしろ行かない方がいい。
メンバー間でコミュニケーションをしっかりとってほしい。
福島の方が栃木の人たちがきてくれて本当に嬉しいと言ってくれた。福島に一番近い栃木が頑張らなきゃいけない。

Hさん
先週の頭くらいからずっと大きい余震が続いていて、かなりひどい、不安になった。
現地のボランティアの方は基本的に休みなしにやっていてすごいなと思った。
その負担を出来るだけ減らそうと頑張ってやってきた。

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<気仙沼>
【活動行程】
基本的に、
朝現地のボランティアセンターでボランティア登録した後、受け付け、資材管理の担当に2,3名。
残りは家屋の泥出し作業。

【感想】
Iさん
風が吹く度砂がまう。
水を吸っていて冷蔵庫、テレビ、畳など3,4人じゃないと運べない。
ガラスの破片などもおちていてあり危険。
2日目以降は資材管理、受付をしていたが、
特技を生かして、自転車のパンク修理も行なってきた。
参加メンバーの中で知り合いの安否確認をしたい人がいたため市役所に行ったが、市役所もぎりぎりまで津波が来ていた。
安否確認はできず、警察(災害センター)にも行った。
途中にがれき(船、車など)がまだたくさん。
とてもじゃないけど撤去作業はまだ先が長いと思った。
災害センターに死亡の確認取りにいったが確認取れず、行方不明者扱いに。
すぐに復興のきざしがあると報道されるが、嘘じゃないかと思った。
やったかいがあったと思った。

Jさん
へどろが家じゅうに敷き詰まっていて、それを一日掻きだす作業をつづけた。
4人グループで二日目いったが全く終わらず、次の日6人で行ってやっと作業終了した。
ボラセンには一日5,60人集まるがまだまだ足りない。
全然復興していないので皆さんにどんどん行って欲しい。

Kさん
現地の避難所の実態調査を行った。
日々人数などが変化しているため、区分けしてやっている。
日々ニーズは変化している。
電気、水道が復旧するにつれて電気製品(洗濯機、冷蔵庫など)のニーズが増えた。今回も洗濯機の設置をしてきた。
避難所に来ないで実家にいるが食べ物が無いという方にも炊き出しの配給を行った。
避難所は自治会がしっかりしていると回っているのかなと思った。


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  1. 2011/04/17(日) 16:12:38|
  2. 東日本大震災

第4陣 活動報告会

昨日行われた第4陣被災地支援活動報告会の内容を報告いたします。

<郡山班>

【活動行程】
9日
到着後、二組に分かれて行動
①ハートネットふくしまさんの事務所の手伝い
②宿舎で布団整理

10日
2名はハートネットふくしま事務局手伝い
6名は郡山市内の引っ越し作業→13時から郡山市内の状況調査→14時半から宿舎で炊き出し準備→17時半から炊き出し→18時から2か所で炊き出し→18時半から別の場所で炊き出し

11日
炊き出し 5カ所(いわき(久野浜)…400名分・農業センター…120名・山北高…80名分・あぶくま養護センター…32名分・郡山商業高…27名分)

その他 炊き出し準備、事務所担当など

12日
炊き出し 5カ所(農業センター…130名分・小野町…120名分・北高…80名分・あぶくま養護センター…32名分
・郡山商業高…27名分)
その他 炊き出し準備、事務所担当など

13日
炊き出し 5カ所(農業センター…130名分・郡山北高…100名分・小野町…140名分・郡山商業高…30名分・梁川…200名分)

【感想】同じような感想は省かせていただいてます。

Aさん
テレビでいろんな場面を見るよりも、実際に肌で感じて欲しい。
テレビと360度の世界は違う。
直接被災者と話す事によっていろいろ思うものがあった。
仕事は朝7時半から夜10時ごろまでで、すごくきついなと思った。
1名が途中でダウンしてしまったし、自分自身も三日目に途中で体調を壊してしまい、ミーティングに参加せず寝させてもらった日もあった。
いわきに炊き出しに行ったときに、外国人の人達が支援に来ていて、そういう姿を見て自己自身も頑張らなければと思った。
現地に行った感想はそれぞれ、実際に行って自分の目なり耳なりで感じて欲しい。

Bさん
行くと普通にお店をやっているし、普通に生活していて、本当に震災があったのかと思う。
中まで入っていくと建物が壊れていたりした。
こういうボランティアに参加する人は被害が目に見えてわかりやすいところに行きたいと思うだろうが、郡山は裏方の仕事が被災者にとっていかに大切かを思い知らされると思う。
今回すごくいいメンバーに恵まれ、支えられて、楽しく、充実したボランティアになった。

Cさん
活動する中で人間関係、人とのつながりが重要だとと思った
原発から避難した人が沢山きていたが、避難所によって様子は違った。

Dさん
いろんな考えを持った人と一緒に活動出来て、そういうのは個人ボランティアでは体験できないものだと思った。メンバーがすごくよかった。
福島の被災者は建物の倒壊だけでなくて、原発で精神面でも違った不安があるのを感じた。
実際に行ったのと頭で思っていたのでは全く違った。

Eさん
リーダーは本当にお父さんのような存在だった。
一人ひとりがそれぞれの思いを持ってボランティアをやっている。
一人でも多くの人に笑顔になって欲しいと思っている。
現場で人間関係など難しい事も起こると思うが、みんな想いは一つなんだという事を考えて行って来て欲しい。

小野町炊き出し風景

<気仙沼班>
【活動行程】
基本的に、
朝現地のボランティアセンターでボランティア登録した後、受け付け、資材管理の担当に2,3名。
残りは家屋の泥出し作業。

【感想】同じような感想は省かせていただいてます。

Fさん
一番重要だったのが情報の共有。
夜のミーティングで皆で情報共有した事によってすぐに対応が出来た。
チームみんな初めて会った人だったが、仕事をするのも、生活もこのメンバーだったので、この中でうまく情報共有する事でチームがまとまったのではと思う。

Gさん
初対面の方と活動するという事で不安な方もいると思うが、大丈夫。
仕事に関しては頼まれた事をやるという感じだった。

Hさん
晴れた日はほこりがすごく、目に入ったので、自分の健康のために目薬、うがいが必要。
あついゴム手袋も用意した方がいい。
支援地域は幅広いため、1回、2回のボランティアでなく、長いスパンでのボランティアが必要。

Iさん
実際に被災した方の家にいって、掃除をしてきた。
2階まで浸水した家があり、もともと人がはいれたのかというくらい。どろどろのへどろや魚などでぐちゃぐちゃになっていて、たまたま行った家は年配のご夫婦の家で、どうすれば元の状態に戻せるかわからず見た瞬間どこから手をつけたらいいのか分からなかった。
心が折れそうな状態だったがやるからには責任があると思った。
そこに男10人とかで行って、天井まで積み重なっている水を含んでいる洋服を運んだりした。
住んでいる人達だけでそれをどうにかするのは気持ち的にも無理な状態だった。
今回行った家も一週間前に登録してやっと来てもらったという状態で、まだまだ泥出しボランティアは行きとどいていない。存在自体を知らない人もまだまだ多く、やっているときに「泥出しやってくれるんですか」と聞かれる。
まだまだたくさんの家が作業途中の状態。
完全に綺麗にするのは無理だと思った。
家の方とお話しするのはやはり女性の方が上手いため、泥出しは男性だけでなく女性も必要。

Jさん
写真も写真だが、実際も実際ですごい。
チームのメンバーと仲間と言えるような関係になれて良かった。
現地は本当に信じられないような状況。
迫力あって、ボランティアの意義を感じた。
仕事できてよかったなと思った。
悲しいが仕事自体はそんなにきつくないのでみなさんにどんどん参加して欲しい。
地元の高校生との出会いも嬉しかった。こういう子たちが次を作っていってくれたらいいと思った。

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なお、昨日の報告会の議事録をもとに書いておりますので、感想が抜けている人もおりますが、その点はご了承ください。


報告を聞いて、今回嬉しかったのは以前よりも「良いメンバーと活動できた、充実したボランティアができた」という感想を下さる方が増えたこと。
初めて会って一緒に活動する人がほとんどですが、やはりメンバーの間の意思疎通、信頼関係がしっかりあってこそ良い活動が出来ると思うので、終わってみてそういう思いをもっていただけてなによりです。



  1. 2011/04/14(木) 14:26:45|
  2. 東日本大震災

『まけないぞう』ってご存知?

神戸の震災でうまれまた 『まけないぞう』

タオルを使って作った象さんのぬいぐるみです

『まけないぞう』の作成講習会の開催が決まりました

作り方を覚えて県内避難所にひろめていき、避難所の皆さまに作成・販売をして頂こうと考えています
受講後、避難所支援ボランティアが出来そうな方、ぜびご参加ください!(ボラはたまにでもいいんですよ♪)

神戸では、1個作ると避難者の方に100円の収入が入るようになっていました

今回の東日本大震災でもすでに遠野市で活動が始まっているそうです

避難所の方々に仕事とやりがいを提供できればと思っています

『まけないぞう』の作成講習会
4月16日(土)AM10:00~

実際に、神戸の震災で活躍していた方が来て下さいます


☆申し込み受け付け
お電話か、直接事務局までお越しください

028-627-5590
宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル3F
とちぎボランティアネットワーク
災害支援事務局






テーマ:東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助 - ジャンル:福祉・ボランティア

  1. 2011/04/13(水) 11:45:06|
  2. 東日本大震災

【緊急!】事務局ボランティア大募集中!

事務局ボランティア大募集中です


現在、事務局の人手が不足しています

事務局では、

・庶務(ボランティア・物資の受付、電話応対など)
  電話が沢山なるので大変(山田)
  忙しいので、記録したメモがすぐなくなる!(トモミ)
  みんなでわいわいやってます。時には言い争いも・・・(鈴木)

・情報収集・発信(ブログ更新、メディア対応、情報整理、議事録作成など)
  意外に忙しいんですよね。変換ミスに気をつけてます(さとこ)
  新聞の取材は平気ですが、テレビは緊張します(エビ)

・派遣コーディネート(現地派遣のための現地団体との連絡、調整など)
  昨日と今日、1時間後の状況が全然違うので最新の情報を取得するのに一苦労(小野)
  現地に行っている人の情報は大切です。すぐに発信したいのですが・・・(たけし)

・募金(街頭募金呼びかけ、店頭への募金箱設置交渉など)
  募金に参加してくれる人が少ないと感じる(たかあき)
  若い人が少なくなってきて、大きな声を出す人がいないので、活気が少なくなった(ちひろ)

・避難所支援(避難所支援のマニュアル作り、避難所の情報収集など)
  情報量が多いので結構、大変(りょう)
  外部に発信するので正確に作るのに緊張しています(ちあき)
  学生なので普段は車を運転しないので移動が大変です(まさし)


といった各チームに分かれて活動しています。

そのため、一人ひとりの負担が大きく仕事が上手く回っていない状態です。

ボランティアの経験がない方でもこの度の震災で「なにかしたい」と思った方、あなたに出来る事が
必ずあります!


毎週土日に行っている 街頭募金のボランティアの参加者が少なくなってきています。

年齢経験問いませんので、こちらもお気軽にお問い合わせください。



◆募集内容◆

活動期間:一日~長期(継続的でなくても結構です)

活動時間:9時から21時ごろまでの中で来られる時間帯

活動内容:上記の庶務、情報収集・発信、派遣コーディネート、募金の準備、避難所支援の調整

必要な資格:なし


◆問い合わせ先◆
とちぎボランティアネットワーク
栃木県宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル3階
028-627-5590

直接事務局の方に来られても大丈夫です。
  1. 2011/04/12(火) 17:54:15|
  2. 東日本大震災

栃木テレビ出演について

本日21時から予定していたとちぎボランティアネットワーク代表 矢野正広とボランティアスタッフ戎谷治記の栃木テレビの出演
ですが、先ほどの地震による影響で番組の内容が変更となり、また後日放送となりました。


放送時間が決定しましたらまたこのブログにてお知らせいたします。

  1. 2011/04/11(月) 19:50:15|
  2. 東日本大震災

石巻 日帰り泥出しボランティア 4/9

4月9日(土)4:00、宮城県石巻に向けてバスがコンセーレから出発しました。
今回も、塩谷町社会福祉協議会様がバスそして運転の協力。いつも感謝です。
バスの定員いっぱいの18名。今回の使命は、石巻での泥のかき出し。
東北道は、福島に入ると波うつ状態。仙台を抜け少し渋滞がありましたが、予定よりも30分早めに到着。
天候は、生憎の小雨。天候によってはボランティア活動が中止になるかもしれない状況での出発でした。
本日は活動を行うという決定です。
専修大学内のボラセンでの受け付けを済ませて待機中にあった方が2名。
新潟から一人参加のSさん。
過去にオールとちぎとして一緒に活動したWさん。
待つこと1時間。ニーズがなく、現地にいってニーズをひろうことで出発です。
バスでの移動中、石巻の被害の一端が目に入り、津波の脅威が伝わってきます。
ヨークベニマルの駐車場で現地コーディネーターと合流。
18名が3班に分かれて町中を歩きます。
目に入るのはうずたかく積まれたゴミ。
津波で動かなくなった車両もあちこちに見られます。
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ニーズがなく、地域を回ってニーズをくみ上げます。
1軒目のお宅で、物の移動を頼まれ対応します。
すると、床下の泥かきがまだだというのでそのまま対応します。
班に大工さんがいて、見事に床板を外して行きます。
160センチまで水が上がり、床に積もった汚泥は、3センチ~10センチ程。
かき出しては土のう袋に入れては運ぶ作業を繰り返します。
床下にも沢山のごみが流れてきており、ガラスもありました。
手袋をしているとはいえ慎重に行わなければなりません。
途中、hs神戸の吉村さんにも偶然お会いしました。
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お昼休憩時、地震の時の様子を聞きました。
親子3人の家族。旦那さんが風邪で会社を休んで寝ていたそうです。
地震後、すぐさま息子の通う施設に車を走らせます。
親子3人揃ってからおばあちゃん宅に向かいました。
あちこち崩れていて裏道を通って進んだことで、津波に会わずにすんだそうです。
途中、給油している途中で旦那さんはおばあちゃん宅へ向かいます。
一度目の津波が引いた後を歩いていたら2度目の津波がきて電柱(?)か何かにつかまって
流されずにすんだそうです。
こちらのお宅は、日本製紙から1キロほどの場所。
日本製紙があったおかげで直撃をまのがれたのではないか、と奥さんの話。
しかし、東側の石塀は流され、南側の石塀は家側に傾いています。
家の隣には、100メートル離れたアパートから流れてきた車と、自宅前にあった車が
塀を乗り越えて重なり合うようにありました。
現在、水道が出ません。
電気は、塩水をかぶったので電気業者がきて修理していました。
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ここまで水がきました。

午後、泥出し再開。
泥をかき出した後は、石灰をまきます。
「自分たちでは何日かかるかわからなかった…」と。
1軒目を終えて他の班と合流しての泥かきです。
家の中ではなく敷地内の泥出しです。
固まってしまった泥を掘る作業は力がいります。
他のグループの方々も入って大人数で泥との格闘になりました。
帰りに栗駒で知り合った塚ちゃんとお会いしました。

すぐ近くで作業している、被災直後から活動している黒さんとはお会いすることができずにバスで移動。(残念)
ボランティアセンターで報告書を提出して栃木へと帰りました。
22:00コンセーレ到着。
wさん、往復の運転ありがとうございました。
oさん、一緒に作業に参加しての添乗員にも感謝です。
そして、Vネットで受け付けや車両の手配、駐車場の確保等など
事務局の皆さんがあって、現地に行って活動することができます。
皆さん一人ひとりの協力があって、被災地支援は成り立ちます。
すべてに感謝です。

参加された皆さん、被災地支援はまだまだ始まったばかり、
これからも仲間に声をかけて参加してみたいという声を聞くことが出来ました。
報道で流れるのは家が流され土台だけの場所。とうてい人力では対応が困難です。
しかし被災地には、水害で住めなくなっている方々が沢山います。
家の泥をかき出せば、住むことのできる人々の応援が必要です。
一日ではやれることは少ないけれど、一人でも多くの方々にボランティアに参加して
被災地を応援してもらえるよう、日帰り便が出来ました。
16日~の便は、既に満員です。
募集は、23日~の便からとなります。
3泊4日、4泊5日の郡山と気仙沼への派遣も継続しております。

被災地では、ボランティアが足りません。
被災地支援に一人でも多くの方々の参加をお待ちしております。


大学の授業開始によりスタッフが減り、事務局が危機的状況です。
事務局ボラ大募集!
  1. 2011/04/10(日) 22:38:25|
  2. 東日本大震災

第3陣 活動報告会

第3陣報告会についてブログアップします。

まず、郡山チーム

【行程】ハートネットふくしまの下で活動
1日目 
・炊事場所の増設 焼鳥屋の清掃
・さつまいもの炊き出し
・シチュー作り→4か所に配達

2日目
・南相馬にカレー炊き出し
・下着、スウェットも届けた
・古着はフリーマーケットのような形で提供→選ぶ楽しみもあり、楽しんでもらえた
・焼鳥屋、宿舎の清掃

3日目
午前中 宿舎・焼鳥屋の清掃油汚れなどが多く3日かかった
南相馬市に持って行った古着のあまり 須賀川の南にある鏡石に搬送した
シチュー炊き出し(昼・夜)
次の日、二本松市の東和町(とうわまち)・田村市・郡山高校 の炊き出しの材料切り

4日目
前日用意した材料を持って行きそれぞれの場所で炊き出し
明日炊き出し600人分あるのでその準備

【感想】同じような感想は省かせていただいてます。
Mさん
 ・原発などで騒がれているが、放射能などの前にまず自分たちの生活をどうにかしなければならない
 ・だんだん安定しているという話があるが、まだ厳しい状況がつづいていることを肌身に感じた

Kさん
 ・ハートネットの吉田さんが放射能測定スクリーニングをしておいでと勧めてくれたので、受けたところ、針が  動かない人がほとんどで、健康に影響がある数値ではなかった→吉田さんが配慮してくれた
 ・ハートネットふくしまのサポートがVネットの役割
 ・食事は3食食べられてもあたたかいものはないが、ハートネットでは温かいものを一日一回は食べられるよう  に準備している
 ・名古屋から来た男性の方→次に来るボランティアの人のために掃除をしてくれた、
 ・直接避難者の支援でなくても、今後の大きな流れのための小さな支援が出来たと思う

Yさん
 ・二本松市に炊き出しに行ってきたが、段差のある大きいホールと体育館で100メートルくらい入口が離れた  ところでそれぞれ配ぜんする形で作業した避難している人が330人ほど。その人たちに配膳をする際に(今  日雨が降っていて、自分自身もカッパを着て行ったが)カッパを暑くて脱ぎ捨てた。
 ・福島は特に地震、津波、原発、風評被害とものすごい被害となっていると思う
 ・悪い風評に惑わされることなく支援していきたいと思った

Mさん
 ・人によって考え方が違うと思うが、宿舎は完全に普通に十分暮らせる状況
 ・最近他の団体と協力する話が増えてきている→作業自体はあるが調整が難しくなってきた。協力しあって仕事  を割り当てるよう、話し合いもこれから重要だと思った。
  
Iさん
 ・被災者の緊張感はまだ解けていない→先行きに不安や不満が多く聞けた
 ・いつも通りの生活に戻すまではまだ時間がかかる、長期的にみて少しの支援でも続けたいと思う人は是非参加  して欲しい

Sさん
 ・前回の派遣者のアドバイスもあり、スムーズにいったと思う。
 ・とても充実した、いい時間を過ごしたと思う。メンバーにも恵まれたし、現地でも住民にも事務局や、現地の  人にもよくしてもらった
 ・まだ復興という言葉にはいきつかない一昨日地震が来た時も自分自身怖かったが、その中で、自分が何が出来  るかを考えて活動すればいいのかなと思った

Mさん
 ・炊き出しをやったときに、時間が非常に遅くなった(ガスをつけるのにも1時間くらいかかった)向こうに行  くとそうやったいろいろなトラブルが起こる。
 ・さつまいもをだしたときにみなさんがあちっと言ったが、現地の人はその熱いという感覚はなかったのでは
  味噌汁にしてもとん汁にしても(温かい程度だったと言う)「熱い」と言っていただいてとてもよかった。

次、気仙沼チーム

【行程】

実質活動できたのは2日目、3日目だけ、他は移動日
朝から気仙沼ボラセンに登録し、活動しに行く
三か所に分かれていて、
二人→資材管理
一人→避難所周り、ニーズ調査
残り→泥出し

テレビでみるよりにおいもあるしほこりもすごいし、音も独特だった。衝撃をうけるが、明るくやるのが重要だと思っていたので、そのように作業した。住民の方も明るく接してくれた

3日目
合計5件回った
最初の3件は畳出ししかできなかった。
4軒目は泥出しの重労働
→チームワークの大切さを思った

【感想】
Aさん
 ・地震が合った時、宿舎が断水、停電になった。ガスは会ったのでご飯は作れた。水が無いと不安だと感じた
 ・海岸付近の状況が悪く、これが元に戻るには時間がかかると思った。
 ・自分は学校があって時間が無いが、時間があるときには参加したいと思った

Iさん
 ・実際活動できたのは二日間、一日目は泥出し、二日目はボラセンで資材の管理をして、一日しか被災者の方と  直接行動する事が出来なかった
 ・テレビでみていておもっていたものよりひどくて、初めは驚いて、そのあと被災者に会ったが、
  最初はどうなるかと心配だった。
 ・地震があったとき、宿舎で一日だけ水が使えなくなったが今は復旧した。

Fさん
 ・被災地の状況を自分の目で見たくてボランティア応募したが、実際に見ていろいろ知って驚いた。住民の方は  いろんな方がいて、一件目の方はすごく明るかったが、マスコミの取材を受けたときにはすごく落ち込んだ様  子だった→本音では大変な思いをしているんだなと実感した

Nさん
 ・現場に行くと建物も何もなくて、津波が恐ろしい、憎いと思った
 ・向こうの人達も明るく接してくれたのでやりやすかった、よかった
 ・最初は唖然として、こんなところで自分たちが少しやったくらいで変わらないだろうと思ったが、その少しの  活動でも役に立ったのであれば良かったと思う
 ・いろいろ活動してためになったので、機会があればもう一度行きたいなと思う

Uさん
 ・2日目はニーズ調査したが、やっぱりストレスがたまっているようでいらいらしていて、いろいろ話をしたが  話をするだけでストレス解消になると言われたので、聞き役となるのがいいかなと思った。
 ・二日間しか作業できなかったが、いい経験できたと思った。
 ・また行きたいが、この経験を多くの人に伝えて、より多くの人に参加して欲しいし、行けない人にも地元でで  きることをやって欲しいと持った。参加して良かった。

Kさん
 ・震災が広範囲だったので、広い場所を見たくて今回は気仙沼に行きたかった。
 ・前回は郡山に行った。場所によって状も違うと思ったので、やる事も違ってくると思った。
 ・郡山は物資管理と原発に関するケアが重要だと思ったが、気仙沼は家があるかないかの状態
 ・立ち上がって間もないボラセンで活動したが、家に行ったときに、人によって違うと思うが、相手の立場に立  って活動していかないといけないと思った。他の家から来て、沈痛な顔で思いを伝える人もいた。話を聞くこ  とは大切だと感じた
 ・チーム内もよかったが、やはり長期滞在の人の存在は重要
  長期滞在が難しいなら、滞在でなくても一度行った方が何回も参加してもらえればいいなと思った。映像だけ  でなく、実際に見てみる事が重要だと思ったので、その場を与えてくれたVネットに感謝している

Nさん
 ・行って思ったことは、被災地に実際に行かないと分からない事が多いなと思った
 ・物資は回っている印象があった。山積みになっているものもあった。
 ・コミュニケーションはとても重要。住民の方と一緒に活動しいろいろな話が聞けた。→実際に話を聴けたのは  いい経験だった
 ・いろいろな事を経験する事が出来た、自分たちに出来るのはこうして経験した事を話すことだったり、もう一  度被災地にいったりすることだったりすると思う

Kさん
 ・微力な行動が大切。中身の濃い経験ができた
 ・こういった機会の企画・運営に関わったVネットに感謝。一緒に活動した仲間に感謝。
 ・ほとんど年下が多く、年齢は高いが、リーダーのサポートをした。すべての行動ができるわけでないので優先  順位を決める事が大事
 ・善意があっての行動でも自分が思うとおりに動いていると効率が悪くなる
 ・まずニーズを把握して、自分たちができるのはここまで、と決めると優先順位がきまってくる
 ・優先順位を決め、目標を建て、段取りをしっかり考えてやると効率がよくなる
 ・明確な目的とやり方をメンバーが話し合って、短時間でいい、やってみなきゃわからないから、そしてそれを  メンバーで共有してやっていけばいいと思った
 ・事務局とのやりとりをする中でも、Vネット全体としても改善すべき点があると思う。

Tさん
 ・直接現場で泥を掻いたり、聞き取りをすることはなく、ボラセンの資材管理などの仕事をしていた。近畿ブロ  ックの社協の人が来て実際の現場をとりしきっていることもあったが土地勘が全くない状況でやってたりし   て、大変混乱していた
 ・本当に必要最小限の地元の方がやっている状態だった。行ったときに効率よくやっていると思えなかったの   で、現地と調整しながらそこら辺修正してきた。
 ・ボランティアの数が一日130人前後、申し込みがあるのは一軒程度。泥書きの制度を知らない人がいる、→  一軒一軒回って、宣伝をしていく
 ・これからボランティアが増える中で、今のボラセンの体制では厳しいと思うが、リーダーは十分に役割を果た  したと思う


以上が第3陣の感想です。
  1. 2011/04/09(土) 23:54:57|
  2. 東日本大震災

ラーメン炊き出しのこと

3/20の郡山でのラーメン炊き出しの様子が紹介されました。


http://plaza.rakuten.co.jp/sinsenbikan/diary/201103210000/


明日より、土曜日日帰りの石巻泥かきボランティア派遣が始まります。
被災地は、雨の予報。
大雨の場合は、活動は中止となります。



  1. 2011/04/08(金) 23:02:14|
  2. 東日本大震災

栃木テレビ出演情報

栃木テレビにとちぎボランティアネットワーク代表 矢野正広ボランティアスタッフ戎谷治記が出演します!

4月11日(月)21:00~
「ニュースワイド21」


ぜひご覧ください!
  1. 2011/04/08(金) 16:50:07|
  2. 東日本大震災

日帰り泥出しボランティア募集

週末日帰り「家屋泥出しボランティア」大募集!!
4/9から毎週!!
申込 028-627-5590へ


4/9の募集は締め切りました。4/16以降はまだまだ募集中!

宮城県石巻市の津波で家屋を浸水された方々は高齢の方も多く、泥水につかった家財の運び出し、家の仲の泥出しのニーズが多くボランティアが不足しています。そこで。栃木から石巻んい毎週土曜にボランティアを送るバスを出します。サラリーマンでもOK。週末の日帰りボランティア緊急大募集!

 内容/6~8人程度のグループで要望のある家に行き、家の方の希望にそって、家財の運び出し、廃棄、泥出し、清掃…等を行います。男性・女性の混合チームでお宅に伺います。班編成は車中等で行います。

 持参品・個人装備(最低限)/
・長靴 ・マスク ・ゴム手袋(全体にゴムが引いている、厚手のもの) ・帽子またはタオル
・当日の朝食と昼食、飲料水⇒現地では買えません。コンビニは空いてないことも。
・着替え、履き替え用の靴⇒泥だらけになります。 ・大きめのビニール袋(汚れたものを入れる)
・カッパ(使わなくても持って行った方がいい)
※あると便利
・ゴムの前掛け(カッパの代替え) ・替えのズボン  ・ウェットティッシュ

 出発日/ ①4/9(土) 定員20人 ②4/16(土) 定員50人 ③4/23(土) 定員50人 ④4/30(土) 定員50人
※当面4月中としますが、場合によっては延長します。また現地石巻の要望が多い場合には毎週2回(土、水など)に増便も検討します。

 日程/
・早朝3:30 集合
    4:00 宇都宮発
    9:00 石巻・専修大学ボランティアセンター着
    10:00~16:00 個人宅で作業
16:30 石巻発
   途中サービスエリアで夕食
    22:00 宇都宮着 解散

 費用/参加費 3,000円(ボランティア保険料500円含む)

 参加の条件/日帰りした後すぐ解散しますが、翌日曜日の午後2時から報告会を行います(一時間程度)。会場はとちぎボランティアネットワーク事務所(宇都宮市塙田2-5-1共生ビル3階)。報告会参加が出来る事を参加の条件とします。

 集合地点/栃木青年会館 コンセーレ

他に3泊4日、4泊5日の滞在型ボランティア派遣も大募集中!!
詳しくはhttp://www.geocities.jp/tvnet1995/
  1. 2011/04/08(金) 16:28:49|
  2. 東日本大震災

現地報告4月2日~6日

4月2日~6日 現地活動報告

 郡山班
<行程>

◆4月2日
ビッグパレットで炊き出し

◆4月3日
・朝7時40分いわき市おなはまにある集会所で600人の炊き出しの準備(お昼の)
・郡山のボラセンでとん汁炊き出し(夜200、朝600)を行なった。

◆4月4日
・新知町にデニム600本搬送(ハートネットふくしまさんと協働)
・野菜切り
・炊き出しの配送

◆4月5日
・ふかしたさつまいもを避難所に運搬
・シチューを配布

<活動内容>
メインは炊き出し。次の日の炊き出しの準備(食材切りなど)、事務局の開設。
夕方は事務所で煮込んだものを届けに行く。
その他調査、支援物資の仕分け、運搬など。
活動時間は朝は早くて7時半から、夜は9時頃まで。

<感想>
・主に炊き出しを行ってきたが、「温かく野菜が沢山でありがたい」ととても感謝されました。
発泡スチロールのお皿を何回もあらって使っている状況であったので新しい器を提供したら喜ばれた。

・災害ボランティアは、報道などでは片付け作業が多い印象だったが、今回炊き出しや話相手など多岐にわたると思った。
社会人としては、ミーティングが長い、もっと効率的にできるのではなどと感じた。

・自分たちも明日、明後日にも避難する状況になるかもしれない、という状況を味わっていた。そういう緊張感のある状況の中で活動した。

・駅周辺は宇都宮市内とほぼ変わらない状況だった。
支援物資が400箱用意してあったが、100箱しか実際に使い物にならなかった。

・汚染の問題(野菜・牛乳)があり、農家の方はこの後、田植えできるのか、この後どうなるのかとかなり心配されていた。
若い人達が炊き出しボランティアを行っているのが印象的だった。


 気仙沼
<行程>

◆4月2日
16時くらいに宿泊先に到着、その後17:10にボランティアセンターのミーティングに参加
◆4月3日
8時頃にボランティアセンター到着、9時から14時半まで依頼を受けた家宅の泥出し
◆4月4日
8時から活動開始、3班に分かれる
① 避難所支援(2名)
ボランティアセンターの指示に従い避難所回り
② ボランティアセンターでの作業(2名)
資材管理、仕分け作業
③ 家宅での泥かき作業(3名)
◆4月5日
引き続き3班に分かれて行動
① 避難所支援
ボランティアセンターの指示に従い避難所回り
② ボランティアセンターでの作業
資材管理、仕分け作業
③ 家宅での泥かき作業

<感想>
・初日はほぼ移動
 家屋の泥出し作業は依頼する人によって作業内容はまちまち、効率よく行く時もあれば、活動が滞ることもある。基本的に9時から15時の活動。依頼自体は全部で15件前後だが、作業を行っているときにどこで泥だししてくれるんですか、と声もかけられることもある。なのでこれからニーズが増えるのかもしれないと思った。一階が浸水しても2階に住んでいる人もいるのでそこに話を聞きに行った。自衛隊が炊き出しを行っているが、一日2回だけで、野菜も少ない。物資が行きわたっていない所もある。(まだまだ格差を感じた)
 まだまだ今の状況が続きそう。今後、すごい数の人手が必要になるのではと感じた。話を聞いているとぽつぽつと(つぶやいて)現状や今後今後の事について話してくれた。

泥出し作業をして思ったことは、淡々と依頼に従って作業をさせてもらった。作業をおこなっているときに、「こうした方が効率的では」と思う事もあったが依頼者の意向を尊重しておこなった。
家宅を一個一個比較しない方がいいと思った。
こっちはさっきの家に比べて大したことないな、などの言葉はちょっとしたものだが傷つくと思う。その日はその日で集中し、次の日はまた新しい気持ちで取り組む必要があるということをこれから行く人に頭に入れて欲しい。

メンバーに恵まれ、非常にいい雰囲気で進んだ。
メンバーの仲が良かったから精神的に落ち着き、次の日の作業も上手くいった。

・志願したきっかけが実際に現場をみて作業をしようと思った。実際、気仙沼がひどい状況だったが、自分の目で見てもリアルに感じなかった。被災者と喋って行くうちに、リアルに感じていった。
ボランティアに行ったお宅で、2人とも手を骨折していたが、じっとしていられなくて泥出しなどを行っている状況だった。

・泥出し(2日間)、避難所回りをした。
泥出しでは、どんなに水を含んで、泥にまみれていても、持主にとっては思い出深いものでこちらで勝手に判断して撤去するのはダメだと思い、相談しながら片付けを手伝わせていただいた。被災者に求められたことをしていきたいとおもった。これは災害ボランティアじゃなくて、被災者を支援するボランティアだという君嶋さんの言葉が印象的だった。
総合体育館で毎日ごはんがでて、あたたかいものも自衛隊によって出るが、野菜が足りない、家がどうなっているか心配だ、などという意見を多く聞いた。初めて会った自分のようなボランティアに不満をぶつけてくれた。

・これから行く人には、現地に行くと信じられないような光景が広がっていて、それをみるとなんとかしてやろうと意気込んでしまうが、自分の体や出来るから、気をつけてやって欲しいと思う。
一緒にボランティアをする人とも上手くコミュニケーションを取って活動して欲しい

・南相馬の津波に会った方の話を聞いて、現地に行かなくちゃと思った。
一番最初の泥出し、2日目の泥出しと拭き掃除、3日目は避難所回り(聞き取り調査)に同行した。
老人ホームにも何人か避難していて、そこの人とも話をした。
高台の避難所にも行ったところ、水は来ないが食べ物(カップラーメン等)はある。
3日で大根一本の状況、とにかく野菜が食べたいと言っていたのが印象的だった。いろいろと調整してなんとか、繋いでいきたいと努力した。
泥出しをしていて、食器類が全くなく、欲しいという人がいた。
ほこりが舞うため、目薬、マスク等は必需品。

・やったのは社会福祉協議会からの要請での泥出しがメイン。
とてもためになり、最高なボランティアだった。

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  1. 2011/04/08(金) 16:14:57|
  2. 東日本大震災

また東北で地震

また、東北地方で地震です。


気仙沼は震度6強で、全員無事。宿舎が停電中。


郡山は震度5弱で、全員無事との連絡がありました。



栃木も長く揺れました。
  1. 2011/04/08(金) 00:39:50|
  2. 東日本大震災

4月6日 第3回足湯隊

4月6日(水)、第3回目の足湯隊が鹿沼フォレストアリーナに行ってきました!

今回は12名のボランティアの方に集まっていただきました。
うち、6名が以前にも足湯隊に参加して下さった方です。


そして、以下は足湯隊に参加したボランティアの方の声です。

・足湯と言うと恥ずかしいとか恐縮と思う方がいる。押しつけにならないような声掛けを考えたい。
・子どもも来てくれたが、子どもには椅子が高かった。今後は子ども用の足湯セットなども考えたい。
・比較的、人と関わる事が得意な人は来られたけれど、そうでない人は来られなかったのでは?そういう人ほど必要だったりするのでは、と思うので、今後はそのような方がたにも行きわたる声掛けが出来たら。
・前回お会いした方にまたお会いできてたくさん話が出来て良かった。
・今後は生活復興に向けた生活や専門的アプローチが必要になってくると思う。
・何度も足を運んで行くうちに顔を覚えてくれたり、リピーターになってくれる方が増えて嬉しい。


全部で35名の方が足湯に来てくれ、「肩をさすってくれるだけで元気になるよ。」(80代・男性)、「また待ってます」(50代・女性)、「とても気持ち良かった。寝てしまいそうだった。」(10代・女性)など嬉しいお言葉を頂きました。



足湯隊リーダーの石田の感想です。
何度か伺ううちに覚えて下さる方、一週間くらい来なかったよね?と言って待っていて下さったおじいちゃんなど、継続させてもらえる事野喜びを感じました。
今日は子どもたちも5人くらい来てくれて、子どもは子どもなりの考えで震災を受けているんだなと思いました。
そんな子どもたちのためにも、私たちもできる事から始め、支え合い、元気な日本を取り戻したいと思います。




また、私個人の感想として、
「事務所の外を歩いていたらたまたまボランティア募集を知ってちょっと来ちゃいました」っていう高校生が毎回足湯ボランティアに参加してくれていたり、春休み中の大学生が友達を誘って参加してくれたりするのがとても嬉しく思っています。
ただ、私自身いつも事務局に張りついていて、避難所の様子や避難している方の声を他の人の目・耳を通してしか知らないので、より被災者の方のためになるサポートをするためにも実際に足湯に参加したいですね。


今後の予定は以下の通りです。
4月9日(土) 壬生町の嘉陽ヶ丘の避難所 ボランティア募集締め切り
4月15日(金) 場所未定 ボランティア募集中!
4月22日(金) 場所未定 ボランティア募集中!


足湯ボランティア参加希望の方は、とちぎボランティアネットワーク事務局(栃木県宇都宮市塙田2-5-1 共生ビル3階、TEL028-627-5590)までよろしくお願いします。
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  1. 2011/04/07(木) 17:49:09|
  2. 東日本大震災

ラジオにオールとちぎが出演します

本日、4月7日夕方6時よりオールとちぎのスタッフ、高橋と戎谷がラジオ出演します。

NHK・FM放送「とちぎ6時です!」番組内の『とち6カフェ』のコーナーです(18:00~19:00)

東日本大震災オールとちぎの活動をお話ししますので、是非お聴き下さい。

  1. 2011/04/07(木) 16:02:32|
  2. 東日本大震災

東日本大震災被災地活動報告書 4/2-3

東日本大震災被災地活動報告書(ボランティアバス第2次分の一部)

特定非営利活動法人とちぎボランティアネットワーク
災害ボランティアオールとちぎ 君 嶋 福 芳

期間:平成23年4月2日~3日
場所:宮城県気仙沼市、岩手県陸前高田市・住田町
目的:気仙沼ボランティアセンターへの活動投入コーディネィト
「ぽ・ぽ・ら」からの支援物資も運搬

概要
〔4月2日〕
 朝7時30分、事務所発。
 9時40分過ぎに郡山着、物資等を宿泊ベースに届ける。カギの管理等の情報が錯綜し、ビッグパレットに寄ったり、燃料運搬でもう一度戻ったりと無駄な時間があり、情報の共有や責任体制が望まれる。
その後、郡山市内で給油し仙台ベースに向かうが、給油に相当の時間を要した。仙台で引き継ぎの後に東北自動車道で一関ICから宿泊場所の室根町矢越でM氏と合流し、宿泊でお世話になる工務店さんに荷物を下ろした後に、気仙沼VCの運営会議に出席した。
夕方5時からの会議では、これまで県外からのボランティアを正式に受け入れしていなかったため、実質的に立ち上げ初日に当たるとのことで、栃木の紹介もさせていただいた。
会議は、気仙沼社会福祉協議会とSVAをコアにいくつかのボランティア団体が加わっていたが、社協事務局長のK1氏のお母様が亡くなったため、急遽、宮城県社会福祉協議会のK2氏が1週間の予定で運営に関わることになったとのことであった。
(K1氏のお母様は人工透析を必要としていたため、被災直後に自衛隊ヘリで北海道の病院に転送されましたが、転送先で様態が急変して亡くなられました)
他には神奈川チームとしてU氏・アドラのW氏、バイクレスキュー、新潟の日赤柴田チーム、等のメンバーが確認できた。
まだ、各避難所の状況把握に努めているような状況であり、泥出し等のニーズは徐々に入り始めているといった活動初期の段階で、今後想定される膨大な業務に対応するにはスタッフの潜在的な不足が懸念される状況である。
そのため、会議終了後にSVAのS氏、宮城県社協のK2氏から、それぞれに栃木として継続的してスタッフを投入するよう強く要望された。
宿泊場所は個人宅の居間(女性は2階)で、持参したパックご飯等で夕食をすませたが、今回参加のM氏から4月末までの1ヶ月間気仙沼でボランティア活動をしても良いとの申し出があり、SVAS氏に連絡をしたところ是非運営スタッフとして迎え入れたいとのことであったので、その旨M氏の了承を得た。翌日朝に宮城県社協のK2氏にも連絡し、快諾を得た。

〔4月3日〕
 他のボランティアスタッフと別れて、朝7時に宿泊場所を出発し、「ぽ・ぽ・ら」から依頼された支援物資を届けるため、住田町へ向かう。
途中、陸前高田市を経由したが町中心部は女川等と同じように壊滅状況で、木造住宅は基礎だけを残して跡形もなく、残骸だけがうずたかく残っている。河川にかかっていた鉄道の橋梁はレールが大きく曲がってその先は無くなっている。湾に流れ込む河川の流域は上流3kmほどの区域にも大きな被害をもたらした。
避難所となっている高田第1中学校へ立ち寄ると、校庭に6世帯で1棟の計6棟、36世帯分の仮設住宅がほぼ完成していた。半分の18世帯は高齢者や障害者優先枠となるとの報道がなされており、まもなく入居可能だと言うが、そのすぐ横にある体育館で避難を余儀なくされている方とのギャップが、入居される方には負担になりかねないとの懸念もある。
食事は自衛隊が対応しており、炊き出しもまめにあるようで、とりあえず生活維持の食料や物資等は充足しているようである。避難者はほとんどが体育館で避難生活を送っており、一部、乳幼児のいる世帯や特殊な事情のある世帯は教室を利用しているとのことで、学校の授業再開にはそれほどハードルは高くないと思われるが、家族を亡くした方々が特に多い地区であり、心のケアの問題は正にこれからの大きな課題となるであろう。
その後、住田町の避難所支援活動をされている方の事務所に「ぽ・ぽ・ら」から依頼された支援物資を届け、帰路についた。道路添いには前日に降ったと思われる雪がうっすらと白く残る肌寒い日であった。

〔今後の課題〕
石巻の活動は、仙台ベースから片道2時間近くを要するため、効率が悪く、活動ボランティアの負担も大きくなることが明確となったことから、再考を要すると思われる。  また、石巻には非常に多くのボランティアが参集しており、サテライトも設置されている状況で、他地区のボランティアセンターよりも活動が定着している。
一方、気仙沼はやっと市外からのボランティアも受け入れて本格稼働しようとしている時期であり、VC運営そのものを支えるコアスタッフが潜在的に不足している状況である。そのため、今回は約1ヶ月間の予定で松本氏が任にあたってくれることとなったが、今後の補完体制も検討を要する。また、継続的な派遣が望まれる。
室根町矢越のベースについては、M氏が地区の代表さんと話し合った結果、地区の集会所を4月末まで借りることができることとなり、次回受け入れから利用可能となった。M氏によれば、建物は新しく3部屋あり、内1部屋12畳は畳の部屋で、シャワーも3口あり、自炊も可能で、宿泊所としては好ましい場所であるとのことである。使用料も正規の料金ではなく、7~8名程度であれば1泊1グループ2~3千円程度の光熱水費での提示である。
現時点は、当該施設の借用で対応することとなるが、期間が1ヶ月程度の限定であるため、より長期的な活動継続のためには、これまで検討してきたプレハブ設置等の検討も同時に進める必要がある。
  1. 2011/04/06(水) 17:15:20|
  2. 東日本大震災

はがゆい思い、でも

オールとちぎの古株です。

この度の震災で被災されました皆様にお見舞い申し上げます。

中越地震から6年半。オールとちぎとして活動する中でできた繋がりの数々。
しかし、まだ1度しか被災地に駆けつけることができずにいます。
はがゆい思いで、仕事帰りに毎夜Vネットで慌ただしく活動している若者を
羨ましく思いながら、後方より微力ながら応援しています。

実家に連絡を入れた際、兄が石巻に行っていると聞きました。
友人の実家の支援に、仲間を募って燃料や物資を調達して石巻入りしたと。
兄に連絡したところ、「甚大な被害に支援の手はもっと必要である」と、力説します。
炊き出しや物資の配布を行った。衣類を配る際、取り合いになり殴り合いになったと、
被災者が精神的に窮地に追い込まれていると。
今まで災害ボランティアの話などしたことのない兄。

被災地に入って支援を行っている兄。
デスクに向かっているはがゆい自分。

実家の鹿沼市は、原発から逃れて来た方の避難所が設置されているところ。
家の隣の空き家(学校の目の前)を、子供を持つ避難者に1年間提供する話を
市役所と調整しているという話も。

はがゆい

でも

電話の最後に、
「災害の度に妹が頑張っているのに、何もしない訳にはいかないだろっ」

(涙


思いは伝わり、広がっていく。



    個人的な内容で失礼しました。
  1. 2011/04/05(火) 23:56:59|
  2. 東日本大震災

4月2日の活動報告

4/2の活動報告です。夕方行われました、帰還報告会は別途アップします。

「東日本大地震」災害支援隊が、男性9人・女性4名のチーム編成で本日出発しました。塩谷町社会福祉協議会の提供して頂いたバスに乗り込み、郡山と気仙沼へ向かいました。
DSC00086_convert_20110403233129.jpg

今回の主な活動は、
・郡山は、ハートネットふくしまと協働で避難所などでの炊き出し
・気仙沼は、ボランティアセンターの指示のもと、被災現場での支援に参加

4/2の活動報告(郡山)
7:30に出発し、10:20郡山に到着。男性4名がそのままラーメンの炊き出しに参加。
4名はハートネットふくしまへ行き、野菜切りなどの炊き出し準備を。
※夜8:00~ハートネットと一緒に全体ミーティングし、今後の活動について話し合いをする予定。

4/2の活動報告(気仙沼)
携帯電話の通信状態が悪く、連絡取れず。

4/6~4/9の派遣隊
10名集まる(2名保留)
行き先は、郡山8名、気仙沼9名。


【街頭募金】
本日は、二荒山神社、Parco前、東武デパート前の3ヵ所で街頭募金を行いました。
参加者14名、募金金額は51,625円です。

募金活動に参加して頂いた方々、募金をして頂いた皆様、本当にありがとうございました。

【事務局からのお知らせ】
現地で活動をして頂けるボランティアを現在も募集中です。3泊4日または4泊5日です。
現在決定している日程は以下の通りです。

①4/9~4/13(4泊5日)
②4/13~4/16(3泊4日)
③4/16~4/20(4泊5日)

参加希望の方は、事務局までご連絡ください。
TEL:028-627-5590
  1. 2011/04/03(日) 12:16:04|
  2. 東日本大震災
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