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おるとちのぶろぐ

新潟中越地震を期に発足した『災害ボランティアオールとちぎ』の情報発信ブログです。

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奄美大島豪雨災害に派遣

10月20日鹿児島県奄美大島で発生した豪雨災害に、10月25日からオールとちぎメンバー(モミー)が調査に行っています。

現在のところ、箇条書きになったメモが送られてきています。後日、詳しくブログアップと報告会を行います。
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  1. 2010/10/31(日) 23:56:31|
  2. その他地域

奄美大島水害支援の街頭募金

連日、報道で流れております奄美大島水害支援の街頭募金を行います。

期日:11月3日(水)11:00~2:30前後ぐらい※10:00~準備
場所:パルコ前
 半日だけでも、短い時間だけでも、参加者をお待ちしております。
 当日は、温かい服装でご参加下さい。雨具などは、各自で用意願います。
問合せ:とちぎボランティアネットワーク
     028-622-0021


なお、オールとちぎの柴田隊長が、現在(~30日帰還予定)、奄美大島の現場の視察に行っております。
  1. 2010/10/28(木) 21:11:41|
  2. 栃木県内の活動

にいがたから みんなえがおに -中越地震追悼イベント

先日、中越地震で甚大な被害を受けた和南津地区で、「絆の道ウォーク」が行われた。震災直後に真っ暗な中、トンネルの崩落で通れなくなった国道17号の上の旧道を、家族の無事を祈って歩いて通った道を「絆の道」と呼ぶ。上まで登って、「峠の茶屋」で石と物々交換で飲み物や団子を買った。そして、皆でメッセージボードにそれぞれの思いを書き込んだ。
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その「絆の道ウォーク」の帰り道、東の空に上りかけた月を見ながら、こんな会話を聞いた。
「地震前夜は今日みたいに満月だった」
「揺れが収まるのを待って、倒れた家の中から布団を引きずり出して、道路で寝た」
今まで聞いたことのない「生の体験」は、とても印象的だった。今は普通に話しているが、その体験は決して忘れられるものではないと思った。
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その後、私は追悼イベントが開催される川口町の公園へ向かった。公園の斜面には、キャンドルで「にいがたから みんなえがおに」の文字が点灯されていた。この言葉は、震災当時、被災した中学生が全国へ発信するために考えた言葉だ。辛いことを経験しながら、笑顔になるのはとても難しい・・・感無量。
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そして、再び和南津へ戻り、Mさんのお宅へお邪魔した。ここでも、震災当時の体験をたくさん聞いた。
地震発生時、Mさんは親戚の方と電話中で、電話を切る間もなく、そのまま電話の子機を投げ捨てて家の外へ。親戚の方には、「気が狂ったと思った」と言われたらしい。その後、Mさんは様々な所へ助けを求めに行ったが、自分にはその様な記憶もないらしい。また、震災の翌日にメディアが映した路上に書かれた「SOSメッセージ」についての話も聞いた。先日の新潟日報に掲載された写真をよく見ると、「S」の文字が「3」にも見える。「それだけ必死だった」と一人が話す。

「オールとちぎ」が最初に和南津へ入った時の話も出た。今となって、ボランティアの存在は大きいと分かったが、当時は理解できなかったとか。震災によって失われたものが多いが、新たに生まれた「絆」がある。震災の記憶を次の世代へ伝える事が大切かも知れないが、それより重要なのは、この「絆」が切れることなく、次の世代でも固く結ばれるようにすることではないでしょうか?

新潟の皆さんは「えがお」でがんばっている。
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  1. 2010/10/28(木) 00:20:11|
  2. 新潟中越沖地震

絆の道

 23日、中越地震より6年を迎えた長岡市川口に行ってきました。中越各地で、震災に関する復興イベントが開催されていました。こと川口でも、震災時に駆け付けたボランティアの同窓会が田麦山地区で開催され、ブナ林に向かう道の整備を仲間で行ったようです。(参加していないので詳細はわかりませんが)。ボランティアが被災地に足を運ぶ機会=絆は素晴らしいこと。出来ることなら、ボランティアとの交流は勿論のこと、あの時現場で支援した(させていただいた)被災者の方々との交流があったならば、なお良いことと思います。

 震災当時は、ボランティアセンターの機能さえもわからずにいた私ですが、震災時はもとより今もなお先輩方が言い続けている”ボランティアセンターの限界”を、今になって理解したように思います。オールとちぎがとった、被災地を急性期の支援だけでなく復興を見据えて活動を展開していった活動スタイルは、被災地にボランティアセンターありきの流れに一石を投じたと思っています。

 震災から半年が過ぎた頃、オールとちぎメンバーでの座談会がありました。豪雪に見舞われ、雪かきに追われてしまった越冬を振り返り、果たしてこれでよいのか?どうすることが被災地の応援となるのか?模索しつつ遅く来た春を迎えたことがよみがえります。被災地に何が必要か?その時は、「繋がり感」が被災者の応援になるのではないか。共に歩む応援者がいることが、被災地の復興を後押しするだろうと意見を出し合いました。それから2ヶ月、繋がり続ける仕組みを、”そばのオーナー制の導入”として動き始めました。信頼関係があったからこそ取り組めた、被災地と応援者の繋がりの一つの形でした。今年で6年目のそばの収穫をしてきました。猛暑の影響か、出来はいまいちのようですが、そばの郷に集う人たちの輪は、確実に大きく、強くなっていると感じました。来月のそば祭りが期待されます。

 被災地では、“絆”という言葉をよく耳にします。人と人との繋がりを表現する素敵な言葉です。24日に行われた震災サミットトークのタイトルも「希望の絆」でした。被災者同士の繋がり、助け合いによって進んでいる地域の活動。被災地と応援者の繋がり。被災地同士の横の繋がり=ネットワーク。被災地と他の被災地との、被災経験の伝承と交流。様々な絆=繋がりが、紹介されました。支援の輪が繋がり、大きな力となっていることが実感できます。

 23日、和南津地区の“絆の道ウォーク”に参加させてもらいました。家族の無事を思って歩んだ山道。あの頃の辛さは被災者ではないのでわからないけれど、震災からの和南津地区の歩みに、よそ者としてではあるけれど共に歩ませていただいている。そのことが正しかったのかどうかわからないけれど、和南津を思い続けたことは事実です。どんな法制度があってしても、思い続けること以上の応援はないと思います。地震というマイナスな出来事から繋がった道だが、これからも“絆の道”を歩み続けたい。(青木)


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  1. 2010/10/27(水) 23:51:25|
  2. 新潟中越地震

10月24日の震災復興記念物産展に参加してきました

 仕事の都合で、私が新潟県川口に到着したのは23日の夜でした。ナカヤチさん家に到着すると、(お酒の入った)10名ほどの地元のみなさんとオルとちメンバーが出迎えてくれました。早めに寝て疲れを取り、翌朝は美味しい炊きたて新米の朝ごはんをいただきました。ナカヤチさんとお母さん、お世話になりました。
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 24日の私の担当は、SONG OF THE EARTH同時開催の川口運動公園を会場にした震災復興記念物産展での、「あぐり味噌」売りのお手伝いです。普段の川口では見かけないような若者の姿が多いこの会場で(もちろん年輩の方も、地元のみなさんもいましたよ!)、果たして味噌は売れるのか?私がいたのは道の駅・あぐりの里の販売テントで、新鮮野菜や漬物、おこわや焼きそば、温かいあぐり汁とあぐりラーメンに素うどん、そして臼と杵での搗きたて餅と、盛りだくさんの販売内容でした。会場には、顔なじみの木沢のキムチ屋さんと震央ピザ屋、地元のよってけ亭で見かけるお店、遠く静岡県の道の駅、洋風のカレーやサンドやカクテル販売など、たくさんのテントがあって面白かったです。
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 あぐりの里テントでは、あんころ餅ときなこ餅販売の時には行列が出来て、1杯100円のあぐり汁も好評でした。さて、肝心の味噌は30個ほどのうち、午後3過ぎまでに3個を残してほとんどが売れました。バンザ~イ \(^o^)/。テントに来て、買うかどうか迷わずにすぐ買う方もいて、「あぐり味噌」も知られてきたようで、うれしかったです。  (永森)
  1. 2010/10/26(火) 19:05:52|
  2. 新潟中越地震

栗駒山に行ってきました

震災から2年を経過した栗駒山に10月10日行ってきました。

久しぶりに向かう栗駒はとても近く感じました。宇都宮から約350kmです。
宇都宮を5:30に出発するときは天気が悪かったのですが、栗駒山に到着した時点では熱いぐらいの快晴となっていました。
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今年の栗駒山は地震以来初めての一般客が戻ってきた「秋」であり、早秋の山は赤や黄色の紅葉が山頂付近に見られました。開通したばかりの県道を通るとまず目に入ってくるのが、野菜直売所の多さ(中には無人なところも多い)
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今回、耕英地区の何人かにお会いして、生活の現状や将来へわたっての建設的な話合いをしてきました。また、さまざまな人たちに出会い、たくさんの話をしたことで、みんな笑顔の話合いができたものです。
耕英地区を後にし、午後は花山地区へここもたくさんの観光客がいました。

これからも、地区外の支援者として(地域外支援者だから気付く、できる)活動を続けていきたいと思います。

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  1. 2010/10/12(火) 16:13:23|
  2. 岩手・宮城内陸地震

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