平成20年6月15日に棚田の畦及び周辺の草刈り作業をしてきました。
参加者は、とちぎからはリハビリに農作業を取り入れる?Y野さん、農家の娘A木さん、岩手・宮城地震の視察を終えてから強行参加のK嶋さんそしてT山の4名と東京からいらしたO原さんの総勢5人の参加となりました。
天気もめぐまれ現地に行く途中、斜面を見おろすと緑あふれる棚田そして遠くに見える山々の見事な景色に一同見とれてしまうほどでした。現地に到着して田んぼに目をやると稲の方は順調に育っていて、田植えをしたときより力強く根付いているといった感じです。

草刈り機3台と手鎌を手に取り草刈りの作業を開始しました。足場が平らな箇所の草刈り機の作業は順調でしたが、傾斜角40度ぐらいの急斜面においての草刈りは素人では困難な作業で、とちぎの強者K嶋さんでさえ苦戦する場所です。しかし、棚田の世話人H沢さんは斜面の草刈り作業に慣れているようで、ものすごい勢いで草刈機を使い草を刈っていきました。

草刈リハビリ中のY氏
滑落事故も無く全員無事作業を終了することができ、休憩をかねてちょっと気の早い稲刈りの話などをしました。梅雨の時期にもかかわらずさわやかな風に疲れを癒すことができました。

木沢ハウスのさびしがり屋 “メイちゃん”
- 2008/06/27(金) 07:48:55|
- 新潟中越沖地震
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県生協連主催の災害対策交流会に出席して
6月24日の午後に県生協連主催の災害対策交流会に出席しました。
当日は、午後0時50分からの県庁危機管理センター内部見学会の後に会議の予定でしたが、見学会をパスして2時からの会議のみとなりました。
参加者は、主催者の生協連と加盟の県内3生協、生協連事業連合のほかは、県消防防災課・宇都宮市危機管理課・小山市行政経営課防災担当の行政職員、そして、県トラック協会とオールとちぎといった面々。
生協さんは、災害時の物資提供で多くの自治体と協定を締結しており、災害に関する情報共有は意義のあることで、より内容の濃い意見交換が必要であると思います。
まず、各出席者から災害対策としての取組状況の説明がありました。その中で、事業連合が、各地で図上訓練(生協版)の取組み拡大を進めており好評のようです。オールとちぎの今後の活動と同じ方向のようです。
その後、質問や意見交換が若干あり、予定時間の4時になり閉会となりそうでしたので、ちょっと質問をしてみました。
「災害発生直後の行政からの救援物資の依頼や義援物資の送付に際して、生協が保有しているアレルギー症の家庭の情報から、当該地区にアレルギー対応食品の配布を行政に働きかけることはできないか」ということです。
行政サイドからは、「幅広いアレルギーがある中でそれら全てに対応することは困難ではないか」との発言がありましたが、「非常時であっても対策を考える必要が在るのではないか、全てのアレルギーを視野に対応することは困難でも、アレルギーの大部分を占める卵・牛乳のアレルギー対策を進めるだけで、相当な割合の方に対応ができるのではないか」と伝えました。
個人情報の壁や非常時に細かな対応が困難な点である等の課題はありますが、被災者の方々に非常食等が配布されても自分の子どもだけが食べられないとしたら、親としてこんなに苦しいことはありませんし、なによりその子ども達の悲しい姿が目に浮かびます。
そのようなときに、生協さんの持っているアレルギー対応食品のラインアップは、災害時に大きな力となるはずです。自治体側への働きかけ等、今後の検討を期待したいと思います。
震つなの加盟団体でもあるアレルギーネットワークでは災害時のアレルギー症への対策の必要性を訴えています。岩手・宮城内陸地震の発生を受けて、被災地の避難所向けに「アレルギーでお困りの方連絡ください」のポスターも準備いただきました。
増え続けているといわれるアレルギー、全体から見れば少数であっても、それらに対しても適切な対応をすることが求められるのではないでしょうか
- 2008/06/26(木) 08:18:51|
- 新潟中越沖地震
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以前、オールとちぎメンバーが書いた記事に対して
「不適切な表現があるのでは」とご指摘を頂きました。
もちろんその記事を書いたメンバー及び
オールとちぎに関わっている人間には悪意などはあるわけでなく、
様々な現地の様子・情報を色々な人に知って頂きたい
現地の人々が復興へ向けて頑張っている様子を知って頂きたい
という思いで記事を書き皆様に公開してきました。
しかしながら、
その記事によって気分を害された方がおられたというのも事実であり
オールとちぎ一同深く反省すべきことだと思います。
ご指摘頂いた記事につきましては即刻削除いたしました。
今回のご指摘を真摯に受け止め、
オールとちぎ内で話し合いの場を持って
情報公開のあり方を始めとして
個人情報を含めた情報全般の扱い方を見直す所存であります。
改めまして今回の件において気分を害された方々には
一同深くお詫びを申し上げます。
今後とも災害ボランティアオールとちぎをよろしくお願いいたします。
- 2008/06/21(土) 18:10:56|
- 新潟中越沖地震
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およそ3ヶ月ぶりの訪問でしたが、皆さん相変わらず元気な様子。
中越沖地震の復興支援活動が一段落し、宮川での活動も暫く行なっていない。所々新しい家が建てられていましたが、未だ再建のメドが立たず仮設住宅での生活を送っている方が多い。
【宮川地区の情報】
5月25日 学校と地域の運動会への参加要請 → 予定があるため参加不能(棚田)
6月1日 地域のグリーンデー → 当日も予定があるため不参加(図上訓練)
7月?日 海岸清掃 → 実施日が決定次第別途にて連絡してもらう
この他にも、椎谷地区の元区長さんのお宅での片付け、宮川地区の仮設住宅周辺の草刈などの要望があったが、改めて要請を整理して検討する。
【刈羽村】
仮設住宅に生活相談員が常駐しており、初めてお会いした方が応対しました。
・お手伝いして欲しいことがあれば、連絡してくださいと伝える
・8月までには、約8割の方が仮設を出ることが決定(引越しの手伝い?)→未定
【今回の訪問で感じた事】
特に宮川では、「何でもボランティアに頼んで任せれば良い」という考えから、「住民とボランティアが一緒になって作業を行う」、「地域からアイデアを出してVネットとのつながりをもつ」への意識が変わっているように感じた。表面では普段の生活に戻っているようには見えるが、やはり我々ボランティアの力を必要としている人がいることを忘れてはいけない。中越沖地震の復興はまだ始まったばかり。
- 2008/05/18(日) 22:19:20|
- 新潟中越沖地震
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2日目
八王子ハウスを9時ごろ出発して、いつものコンビニへ
宇都宮を5時30分に出発した君嶋号を待ち伏せの予定が、先に木沢ハウスに行かれてしまった。
今日は、なんと言っても天気がいい、太陽サンサン。風ナイナイ。最高〜(織田裕二風)
その後、運動公園のイベント会場へ搬入。荷物たっぷりでモミ車はシャコタン状態。
写真は準備中の様子よ


さっさと食交子を焼いてはみたが、売れない。
フライパンでいい音といい匂いをだしてみたが、売れない。
モミと君ジマンで呼び込みしたが、売れない。←だって、あやしいんだもん。
タッカノーと進ちゃんで出前販売、←以外に好調だった。
イベント的には大成功。よかった、よかった。
となりのお店のカレーがおいしかった。
夜はタッカノーが壊れてた。
この日もモミは、こたつに半身浸かって寝てました。
- 2008/03/03(月) 20:22:16|
- 新潟中越沖地震
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3月1〜2、3日の日程で、川口町で「Song of the Earth in Niigata 2008」のイベントが開催されます。おるとちと致しましては、ゆかりの深いの川口町での開催もあり、イベント内のブースで「食交子」を販売します。
そのお手伝いボラを募集しています。あわせて、雪堀りを行う予定でいます。
ボラに参加して川口町を利用された方は出来れば参加していただきたいです。
by アー町
イベントの詳しい内容は
http://www.candlejune.jp
- 2008/02/16(土) 17:37:25|
- 新潟中越沖地震
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1月27日(日)
朝から「八王子ハウス」の雪堀からスタートしました。
朝6時から約2時間程みんなで頑張って汗をかきました。
これで少しの間は安心できそうです。
そして、八王子ハウスを出発して柏崎市宮川地区へ移動。
2ヶ月ぶりの宮川地区は、いつもと変わらない様子で、静まり返っていました。
どのくらい集まってくれるか、心配しながら区長さんにご挨拶を済ませ、
コミュニティセンターへ荷物を運び込み、早速セッティング開始。
調理室をお借りしてもち米を蒸し、ホールでは餅つきの準備に追われていました。
当初の予定より少し遅れておりましたが、続々と地区の方々が集まり始めました。
寒いホールで待たせるのも、ということで1Fの和室を借りて昨日に続き
宮村さんがここでも歌の披露と体操などで交流を深めておりました。
皆さんもお茶とお菓子を頂きながら、楽しいそうに過ごしていました。
知らないうちに和室も20名以上でいっぱいになっていました。
その間に途切れなく地域の方々が訪れて、ガラ−んとしたホールも
たくさんの人で賑わっておりました。
今か今かと餅つきの開始を待っておりました。当初の予想以上の人出で
栃木からのメンバーもびっくり。
待ちに待ったもち米も蒸しあがり、早速餅つき開始。
子供たちも含め、地区の方にも参加して頂いて、掛け声と一緒に
力強くきねを振り下ろしていました。
つく度に「よいしょっ」の掛け声と拍手が会場に響きました。
あっという間に餅もつき上がり、早速みんなで食事開始。
主婦たちも手伝って、のり・きなこ・大根おろし・納豆の4種類をあえて、
あっという間に完食。
暖かいみそ汁も振舞われ、皆さんもおいしそうに食べておりました。
最終的には、約90名ほどが集まって頂きました。
餅つきと同じ頃に、2Fの和室で東京からマッサージボランティアの
「快援隊」(かいえんたい)の先生方4名がマッサージを行いました。
もちろん、プロの先生たちばかりです。訪れてきた方たちは、
みんな気持ちよさそうにマッサージを受けていました。
日頃からの疲れもすっかり取れたと思います。
今回、この地区での餅つきは初めてでした。
「何十年ぶりの餅つきだったよ」という言葉にびっくりしました。
最近は環境も変わり,このような餅つきは滅多にないというのです。
中には嬉し涙を流していた方もいました。
そして、何よりこのイベントを通じて離れ離れになっていた方々も、
お互いに久しぶりの再会を果たしておりました。
「来てくれて本当にありがとう」、「これで元気になりました」。
中越沖地震から半年、そして新潟は寒さが厳しい。
でも、今回の餅つきによって被災地で今も不自由な生活を強いられている方々に
少しでも元気を与えることができたと思います。
これからも、地域の方の力になれればいいと思っています。
3月には違う企画を予定しております。
多数のご参加をおまちしております。
- 2008/02/02(土) 13:54:30|
- 新潟中越沖地震
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昨日1月25日(土)に、中越沖地震被災地への支援活動をするにあたり
宿として使用させていただいていた通称「八王子ハウス」のある
旧小国町の八王子地区で餅つきをしてきました。
世帯数40世帯のうち高齢者が50%を越えるという過疎化の進む地域。
地域の方の話では、小学生・中学生・高校生と子供はいないそうです。
今回餅つきでお邪魔した12名の中に元気な小学生3名がおり、
中々見ることの出来ない大雪に、はしゃぎまわっていたのですが、
そんな姿を見て、地域の皆さんも嬉しそうに微笑んでくださいました。
地域にあった小学校はだいぶ前に閉校となり、
現在は、地区の公民館代わりとして使用されています。
今回は、そこで餅つきを行ないました。
当日は、雪が降りしきっていたので屋内に、
栃木から持参した臼を運びいれ行ないました。
会場では、早くから地域の総代さんらが部屋を温めてくれました。
また、元気な小学生の為に、小型除雪機で雪山を作り、
かまくら作りを手伝ってくれました。
もち米が蒸かしあがり、地域の方々にも手伝ってもらっての餅つき開始。
先日、刈羽の仮設でも見事な腕さばきを見せてくれた君嶋さんはじめ、
栃木からきた若者と、地域の方のねんきの入った杵さばきとで餅をつきあげました。
「昔はどこでもついたもんだけどね〜」と。この地域でも餅つき機が殆どだそうです。
しかし、「杵でついた餅は粘りが違うね〜」と。
あえるは、きなこ・大根おろし・納豆の三種。
特に大根をおろすのに、栃木の郷土料理“しもつかれ”を作るのに
使う“鬼おろし”を持参。八王子の方々は、始めてみる大きなおろし器に「へぇ〜」と。
三種類のお餅と、「八王子ハウス」の田村さんの作ってくれた豚汁で温まりました。
満腹になった後は、栃木で高齢者施設等でボランティアを行っている宮村さんが
ギターで懐かしの曲の演奏から指の体操などで交流を深めました。
その後は、宿となる「八王子ハウス」の雪掘りを行ないました。
いままで何度も”雪かき”ではなく”雪掘り”の説明をしてきましたが、
改めて!豪雪地帯は、家の二階部分まで雪が積もり、屋根から雪を下ろしたくても
同じ高さなので下ろせない。だから、雪を下ろす部分の雪を“掘って”から
屋根からの雪を下ろす。この作業を繰り返す・・・だから“雪掘り”なのです。
初心者から3年前の“和南津屋敷”での経験者から
東北の秋田で奥様の実家の雪掘り経験者から、
雪掘り講習上級者までそろった多彩な今回のメンバー。
夕方から開始だったので、家の回り全て!とはまではいきませんでしたが、
皆さん、汗をかきながらスノーダンプを使いこなすまでになりました。
また夜には、餅つきしてくれたお礼にと近所のおばあちゃん達が、
子供達に“雪ほたる”を見せてあげたいと
夕方のうちに雪洞を掘り、夜になってロウソクを灯してくださいました。
幻想的な風景に、感嘆の声やため息が!
おばあちゃん達と写真を撮ったり・・・と寒さを忘れて
“雪ほたる”に見とれてしまいました。
こうして「八王子ハウス」の夜は更けてゆきました。
翌日は、宮川地区での餅つきです。
- 2008/01/27(日) 15:27:32|
- 新潟中越沖地震
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昨夜からの雪も大して降らず5センチ程。朝食後に皆で雪かきして“星野ハウス”を跡にしました。
和南津の丸山さん宅では、小林さん夫妻も来ていました。そばの会計を関口(会計士)さんに見てもらい、手直しをしてもらい、今後のやり方をどうしていくか話しました。
丸山さんの奥様のふるまいを頂き、昼には皆で“つり吉”のラーメンを食べました。ラーメンの出前を取るのに、味噌がいくつ、しょう油がいくつと数をまとめると、丸山さん宅にいるのに小林さんの奥さんが電話をかけ「ナカヤチ(丸山さんちの屋号)だけど、味噌6つ、しょう油油2つ、出前お願いします」と。それを見ていた栃木の面々は、何故かほんわか嬉しくなっちゃいました。屋号で通じる会話がいいなぁ。出前に来てくれたのがつり吉のマスターでこれまた嬉しくなっちゃいました。
ラーメンで温まった後、集落センター前の雪原での“賽の神”。栃木から来た私達を快く受け入れてくれる和南津の皆さんと新年の挨拶を交わしました。
小雪が降る中、点火し、燃え上がる炎と爆竹の音が鳴り響きました。爆竹が治まり和南津の天神囃子が雪の降る雪原に響き渡りました。火が落ち着いてくると、みな竹や木の枝に吊るした“スルメ”をあぶって、皆で食べて無病息災を祈願しました。
今回は、中越沖地震の被災地でのイベント開催の事前調査と雪掘りボランティアが目的でした。しかし雪が少なく大した活動も出来ませんでしたが、木沢、和南津の皆さんにあえて、交流が益々深まっていることを実感でき、嬉しい一泊二日でした。
来月の23日(土)には、『かわぐちの雪洞火蛍まつり』が開催されます。
震災から一度も開催されなかった(05、06は、大雪。07は雪なしの為中止)このイベントですが、是非とも今年は参加したいものです。
雪が作り出す幻想的な景色と新潟のもてなしを、そして何より、川口町の皆さんに会いに行きませんか!
- 2008/01/17(木) 22:10:08|
- 新潟中越沖地震
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1月12日、13日と、新年の挨拶も兼ねて、新潟に行ってきました。12日は、柏崎市の宮川地区と椎谷地区へ。生憎椎谷地区の区長さんは不在でお会いすることは出来ませんでした。宮川地区の“民宿たや”さんを訪問し、復興状況や地区のイベント開催の予定などを聞いてきました。この日の日本海は、すごく穏やかでテトラポットに登って釣りを楽しむ人の姿もありました。日本海からの風をモロ受けるこの地域は、ほとんど雪も積もらないそうです。
その後刈羽村の仮設住宅を訪問しました。300世帯が住む仮設住宅で、東京電力主催の餅つきが開催されていました。小雪が降る中、集会所に集まってつきたての餅を皆でほおばる子供達やおばあちゃん達の姿を見ることが出来ました。この仮設には、刈羽村全地区の方々が住んでおり、地域ごとにまとまっているようです。しかし、地域の繋がりは継続されているものの、仮設住宅での行き来は殆どないのが現状のようです。中々よその地域の人たちと腹を割った関係を築くのはどんな状況にあっても大変です。今回の餅つきが、地域の垣根を取り払って楽しむきっかけになると良いのですが。
私達がお邪魔した時には既に二臼の餅つきをした後で、地域の方々も杵を握る人がなく、東電の人や学生らしきボランティアも慣れない手つきで杵を握っていました。それでもつき手がいないと言うことで栃木から来た私達が飛び入りで餅つきを披露しました。年末年始は朝から昼過ぎまで餅つきをするという君嶋さんの見事なこねさばきに合わせて若手の関口、永井とで二臼つきました。中々餅つきをする機会のなくなった今、皆で掛け声をかけながら餅つきを楽しむことが出来て良かったです。帰りに突つきたてのお餅をご馳走になって刈羽村を後にしました。
その後、川口に行く前に“八王子ハウス”へ。旧小国町の八王子地区は雪が深く“八王子ハウス”も30cmの雪に閉ざされていました。急遽、雪掘り開始。君嶋さんの手ほどきで、雪掘りは初めてという永井さんが玄関先までの雪かきをしました。
雪かきで体を温めた私達は、木沢へ。今回は、平澤さんの息子さん達が“木沢ハウス”を使っているということで急遽変更で“星野ハウス”へ。木沢も案外雪は少なく、星野さん宅の庭を少しだけ雪かきしました。その後、スノーシューで雪の坂を登ったり・・・途中、木沢の新聞配達をしている星野さんにあい、小一時間の立ち話。降雪量の話しから山菜採りの話し、そのうち越後の山を登った話し(若者よりも健脚だったとか)など、沢山話してくれました。(しかし冷えたなぁ〜)
夜には、これまた君嶋さんが作ってくれた豚しゃぶ鍋で体の中から温まりました。程よく温まったところに来客が!平澤さんが和南津の丸山さんと小林さんを連れて上がって来てくれたのです。震災後の栃木と和南津の交流の始まりの話や、そばオーナーの今後の話など。そのうちまたまた来客が!!今度は丸山、小林両名のご夫人方が来てくれました。これにはホント嬉しくなりました。よその地区の行ったこともない家に、雪の降る中あちこちで道を聞きながら来てくれた事が、かなり、非常に、すっごく嬉しかったです。
- 2008/01/17(木) 22:05:42|
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