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おるとちのぶろぐ

新潟中越地震を期に発足した『災害ボランティアオールとちぎ』の情報発信ブログです。

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栗駒山に行ってきました

震災から2年を経過した栗駒山に10月10日行ってきました。

久しぶりに向かう栗駒はとても近く感じました。宇都宮から約350kmです。
宇都宮を5:30に出発するときは天気が悪かったのですが、栗駒山に到着した時点では熱いぐらいの快晴となっていました。
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今年の栗駒山は地震以来初めての一般客が戻ってきた「秋」であり、早秋の山は赤や黄色の紅葉が山頂付近に見られました。開通したばかりの県道を通るとまず目に入ってくるのが、野菜直売所の多さ(中には無人なところも多い)
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今回、耕英地区の何人かにお会いして、生活の現状や将来へわたっての建設的な話合いをしてきました。また、さまざまな人たちに出会い、たくさんの話をしたことで、みんな笑顔の話合いができたものです。
耕英地区を後にし、午後は花山地区へここもたくさんの観光客がいました。

これからも、地区外の支援者として(地域外支援者だから気付く、できる)活動を続けていきたいと思います。

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  1. 2010/10/12(火) 16:13:23|
  2. 岩手・宮城内陸地震

岩手・宮城内陸地震2年目の取組み

震災から2年を迎えた被災地の栗原市で6月13日、14日に行ってきました。

オールとちぎでは震災以後、”NPO法人ハートネットふくしま”と共に栗原市に事務所をお借りして、
「くりこま応援の会」として毎週日曜日にカレーの日を企画したり、
復興支援の制度的なことへの対応(情報提供など)などを行ってきました。

今回、耕英地区の皆さんが記念誌を作り上げたことと慰霊のため参加させていただきました。

この2年間で耕英地区の人たちの並ならぬ努力と連携により少しづつではありますが、着実に復興していることを感じました。

これからも「よそ者(地区外の支援者)」としてかかわり続けたいと思います。

  1. 2010/06/15(火) 10:25:33|
  2. 岩手・宮城内陸地震

『山が動いた-岩手・宮城内陸地震と栗原市耕英地区-』

震災から2年を迎えようとしている岩手・宮城内陸地震の被災地栗原市。
オールとちぎも震災以後、”NPO法人ハートネットふくしま”と共に栗原市に事務所をお借りして、
くりこま応援の会」として毎週日曜日にカレーの日を企画したり、
復興支援の制度的なことへの対応(情報提供など)などを行ってきました。
事務所は、昨年夏に引き上げました。その後は、福島、栃木両県より応援しておりました。
今回、耕英地区の皆さんが記念誌を作り上げましたのでご紹介します。


■■■ 2010年6月14日発行 ■■■

         山が動いた
 -岩手・宮城内陸地震と栗原市耕英地区-


  震災から2年を迎え、被災の記憶を遺し、
  これからの復興へかける住民の想いが一冊に!
  「くりこま耕英震災復興の会」が発行する震災の記録誌。

  << 内 容 >>

  第1章 被災前の耕英地区
  第2章 地震と被害
  第3章 初めての被災(被災住民へのインタビュー録)
  第4章 それぞれのその時(世代別座談会録)
  第5章 支援者からのメッセージ
  資料編

 *B5判184頁、巻頭カラー、定価:1,000円(税込、送料別)

 *代金は、書籍発送の際に郵便振替用紙を同封させていただきますので
   書籍到着後10日以内に郵便局にてお振込みいただきますようお願い申し上げます。
   詳細は、書籍発送の際にご案内させていただきます。

 ●お問合せ先
   くりこま耕英震災復興の会 
     〒989-5371 宮城県栗原市栗駒沼倉耕英東43 山脈ハウス内
     TEL&FAX  0228-46-2220  
     e-mail     info@koei.at



<注文フォーム>
 ご注文の方は下記の項目をご記入の上
 info@koei.at (くりこま耕英震災復興の会 宛) へ送信してください。

□注文数:   冊
□お名前:
□ご送付先ご住所:  
     郵便番号: 
□ご連絡先電話番号:
□請求書は必要ですか
  必要 ・ 不要 (どちらかに○印をつけください)
  「必要」の場合、請求書の宛名が上記のお名前と異なる場合はご記入ください。
   *請求書の御宛名:




詳しくは、こちらでご確認ください。


  1. 2010/06/11(金) 23:41:19|
  2. 岩手・宮城内陸地震

花山にいってきました

12月27日、年も押し迫ったこの日、4名で宮城県栗原市の花山地区にお邪魔してきました。
高速道路は、雪もなくスムーズ。12時に仙台の青木女史と合流して花山へ
この日も工事が進んでいる場所がわずかにありました。
花山の方々とこれからの展望を話し合いました。
花山という土地を大切に思う皆さんの思いが形になるよう応援してゆきたいと思いました。
帰り際、とある古民家を訪問しました。
外観は、さほど代わり映えしない建物ですが中に入ってみると立派な梁が何本かある見事な古民家でした。
あちこち壊れていて修復が必要な状況。
他にも課題は山積していますが、ここから望む景色は素晴らしい。
是非ともこの場所が、花山でいつまでも愛され続けることを願わずには居られませんでした。
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  1. 2009/12/30(水) 22:22:53|
  2. 岩手・宮城内陸地震

栗駒訪問

震災から1年2カ月が経った栗駒にお邪魔してきました。
1日、通行止めとなっていた花山の国道が一部開通し、花山の一部分だが一般の方の乗り入れも可能となりました。
仮設暮らしをしている花山のOさんと合流し、花山まで向かいました。
Oさんの自宅までは通行止めは解除されておらず、特定の方のみが進入を許可されています。
花山の支所で通行証の手続きをして花山に向かう。
ゲートを抜けると大規模な崩落現場が現れた。
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道の左側の山が崩れ(上の写真)、道を越して左側の木々をなぎ倒している(下の写真)
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“山が動いた”というよりも“山がなくなった”という表現がふさわしい。
自宅のすぐ近くまで山からの土砂が迫っていた。
想像すらできない規模の自然エネルギーの脅威。
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Oさん宅の裏山は、一見問題なしと見えるが、頂上から裏半分が包丁で切ったかのように
きれいに(という表現も変ですが)山が崩れているそうです。
自宅前に迫ってきた土砂の恐怖、裏山が崩壊すれば家は押しつぶされる危機迫った場所が、
Oさんの自宅です。
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主のいない自宅の庭には、地震が起きる前と同じに沢山の花が咲いていた。
家自体は修繕すれば住めるが、しかし… Oさんは、自宅へ戻るかどうか悩んでいます。
決断が下せない。Oさんのように自宅への帰宅を悩んでいる人がまだまだいます。

途中、ゲートすぐのIさん宅のお蕎麦屋さんを訪問。
修理が終わったところで営業再開は今月末を予定しているそうです。
早い再開が望まれます。
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しかし、このところ下から突き上げるような“ドン、ドン”と地響きがあるという。
揺れる程のものではないが、不気味だという。
また来るのか!と、不安がよぎる・・・

その後、花山の集会所の『がんばるべぇ工房』にお邪魔した。
お母さん方が、仙台の七夕祭りに飾る吹き流しを作っていた。
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この『がんばるべぇ工房』では、お母さん・おばあちゃん達で“がんばるべあー”を作成し、
イベントで販売しています。
七夕飾りは、数種類の折り紙で形作っていく。
様々なタイプがあり、かなり細かな作業。
うちの矢野ボスも教えてもらったがこれがまた難しいのである。
お母さん方の元気をもらってきたようだ。
この日は、花山湖畔にテント泊。
夜中、代行車が側溝に落ち、急きょレスキュー出動。あっという間に救出成功!

翌日は、耕英に向かいました。
まだ立ち入りが規制されていて、栗駒支所にて手続きを済ませて山に上がります。
この日は、Oさんの上棟式(建て前)。
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数日間から大工が入って作り始めたという。
この家のおじいちゃんと話をした。地震で家が崩れ取り壊す時は悲しくて見ていられなかった…という。開拓してきた時に建てたという家の材木は、このおじいちゃんが耕英で製材して建てたのだという。耕英の他の家の材木も製材したという。新しく建てられていく我が家を見ながら、数十年前に開拓してきた時のことが思い出されるという。様々な思いがよぎる。
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Oさんのハウスには、サマーキャンディーが赤く色づいていて摘みたてをいただいた。
甘さ控えめなこのイチゴ。耕英の栄養を十分に吸って育った開拓者たちのように、痛みにくく、実がぎっしり詰まっていて食べ応え十分。
このところ天気が良くなかったそうですが、この日は皆さんの笑顔のように太陽が暑く照らしていました。

その後、耕英の観光の主軸である“ハイルザーム”と“いこいの村”を見てきました。
どちらも地震で壊れ修理中でした。
早い段階での営業再開が望まれます。
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山には、崩れた跡が痛々しく残っています。
消えるものではない。
素晴らしい景観と共に傷跡もまた耕英の“自然”の一部。
栗駒山は、ガスで曇っていて、その雄姿を拝むことはできなかった。
栗駒山の大きな懐で、耕英はあり続けるのでしょう。
  1. 2009/08/06(木) 21:57:33|
  2. 岩手・宮城内陸地震

栗駒からの電話

先日、くりこま応援の会の事務所の撤収作業がありました。
生憎、私は予定があり欠席でした。
震災復興の会の皆さんが集まってきてくれて
別れを惜しむ状況に・・・
そんな日に行かずに申し訳なかったと後悔の私。。。


今日の夕方、耕英のケンさんから電話が。

ケ「てっきり来ると思っていたからさぁ~」

私的には、応援の会を引き上げても、今度は、遊びに行くつもりでいたので・・(苦笑

ひ「今度は、耕英で泊めてください!」と、ずうずうしくも宿泊のお願い。

まだ、栗駒山には地元耕英の人でさえも入山できない状況だとか。

栗駒山に登れるようになったら、是非とも行きます!

うれしい電話にテンションあがった私でした

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そうそう、週末に木沢のAさんからも
「TVで宇都宮餃子やってたから・・・元気ですか?今度はいつ来るの?」
なーんて電話もあったばかり


震災でつながった絆を大切に、これからも末長く行きましょう!


  1. 2009/06/30(火) 22:33:09|
  2. 岩手・宮城内陸地震

くりこまに行ってきました

6月28日にオールとちぎから4名で参加しました。
今回の目的は、応援の会撤退に伴う、引越し及び片付けです。

宇都宮を6時に出発し、322.66キロポスト付近に気を付けながら東北道を北上。
休日割引効果の影響か、車の量が多かったです。
途中の長寿原で、福島のメンバーと合流。
栗駒に到着、とりあえず、応援の会に向かうも道を間違えて、花山経由となり、遅れて到着。
早速、掃除に取り掛かります。約1年の間でしたが、いろいろな思い出が浮かび上がります。
毎週ここでカレーを食べたり、交流したりといつもたくさんの人が集まった思い出の場所。
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地区の皆様に挨拶をして、さよならの時間。
決して、「もう来ない」ではありません。これからも「よそ者」として関わって行きたい。」、
「頑張りすぎないで、ゆっくり自分のペースで歩んでください。」、
「困ったことがあったら、いつでも呼んでください。
という言葉が応援の会の中で、たくさん聞かれました。
挨拶する吉田さん
挨拶するハートネット福島の吉田さん


震災から1年が経ち念願の避難命令の解除。
これからが大変かもしれません。耕英の皆さん健康に、そしてこれからもがんばってください。
→でも、あんまりがんばらなくても・・・
私たちが必要なときは、かけつけます。
柴田隊長
耕英の人達からいただいたデルフィニウムの花とモミー隊長
昨年放映したテレビドラマ「風のガーデン」のなかでは「大天使ガブリエルの蒼いマント」という花言葉になっていた。

感謝状を受け取る矢野さん
耕英の皆さんから感謝状をいただきました。

全員で記念撮影
最後にくりこま応援の館の前で記念撮影 いろいろな思い出が走馬灯のように・・・
また皆さんと笑顔で記念撮影ができますように


  1. 2009/06/29(月) 12:00:00|
  2. 岩手・宮城内陸地震

岩手・宮城内陸地震から1年

つい先日、被災地での捜索活動が再開され、
お二人方の発見の報道が流れたばかりの被災地。
6月14日で1年がたちます。
前日の13日に、各地で追悼イベントが開催されました。
オールとちぎからも4名で参加しました。
今回は、神奈川より宇田川さんが参加。
この宇田川さんは、木沢の棚田のオーナーとして参加している“らんがく舎”の代表の方です。
らんがく舎では、燻製作りをしています。
耕英のイワナを燻製にしたことがあるなど、栗駒とのつながりのある方です。

宇都宮で合流し、東北道で北上。休日1000円効果か、車の量が多かったです。
栗駒に到着、まずは花山地区で開催の復興市に。
花山では、全国からボランティア仲間が集結しておりました。
白石の黒さん、栃木の桑さん、神戸のオザワ君、新潟の稲垣さん、鈴木さん
レスキューの浦野さん、震災から頻繁に栗駒に通っている青木さん、北川さん他。
復興市では、つきたてお餅がふるまわれました。
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花山の皆さんは、新潟の川口町田麦山からいただいたブルーTシャツを着てイベント参加。
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花山のがんばるべえ工房のがんばるべぁーの販売もありました。
13:00より、花山会場で、震災1周年フォーラムに参加。
花山の大山会長の挨拶に続き、災害復興学会の木村拓郎氏
から過去の災害被災地での復興の取り組みの様子が紹介されました。
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キーワードは、たくましく
被災地ではおかあちゃんが元気!だとか
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中越地震の被災地、川口町の活動の様子も紹介されました。
その後、栗駒五湯復興の会の方から、現状が紹介されました。

その後、岩ヶ崎に移動し、耕英の皆さんと合流し耕英へ
バスと乗用車で山を登ります。
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途中、山が崩れたというより”山が動いた”ような大崩落現場を見学。
地震のエネルギーの凄まじさに、驚愕しました。
新緑の美しい山道を上ること1時間。
耕英の皆さんは、仮設住宅のある岩ヶ崎から耕英までを
毎日のように通っていたことを思うとと、頭が下がります。

耕英に到着。
会場の山脈ハウスには、耕英の皆さんが集合していました。
6.14 栗原 あありがとう、この1年
「第2の耕英開拓記念日」 
 -追悼 感謝 絆

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大場会長の挨拶の後、多くの支援者からの挨拶が行われました。
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その中で、ハートネットふくしまの吉田さんより
「頑張りすぎないで、ゆっくり自分のペースで歩んでください。」
という言葉がありました。
今まで体験したことのない、被災という辛い体験。
家を離れ、仮設暮らし、家業の再建の見通しがたたぬ五里霧中の状態の方もおられるはず。
吉田さんの言葉が胸に響きます。
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その後、神戸より届けられた希望の灯りで焼香し、地震で亡くなられた方々を追悼。
被災者の方々と夕食をともにします。
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テーブルには、耕英のイワナ・いちご、山菜のてんぷらが並びます。
夕暮れに合わせ、駒の湯の崩落現場に移動。
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会場までの道沿いのコップキャンドルに次々に点火してゆきます。
震災日に合わせ、614個のキャンドルが用意されました。
幻想的な雰囲気に包まれた会場でご焼香が行われました。

山脈ハウスに戻り、耕英の皆さんとこの1年を振り返りました。
伝創館での不安で押しつぶされそうな日々
イワナ・いちご救出作戦
いちごジャムで感謝とともに復興をアピール
夏から秋にはイワナを、耕英の皆さんで販売しました。
立ち止まっていたら動けなくなってしまうのではないか・・・
不安を取り払うべく、みなで動き続けました。
山と仮設の往復の日々。体は悲鳴を上げていたはず
雪が降り、家屋の倒壊の危機。募る不安
雪に耐えて春を迎えます。
山に帰る!という日が近づく期待感。と、山での家業再建への不安。
11か月ぶりの避難指示解除。山に帰れる。
念願の達成。でも、山に帰っても変わらぬ不安。
そして、あの日から1年が過ぎた。
苦労の連続の日々。
しかし、開拓魂を持つ耕英の皆さんは、挑戦し続けます。
私たちも応援し続けます。
でも、自分のペースでゆっくり行きましょ。


翌日、耕英はガスに包まれていて素晴らし景色を見ることができませんでした。(残念
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山から下りて一関の祭べ大橋を見学。
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途中、崩落現場があちこちに見られました。
午後、応援の会で荷物を引き上げ、栃木へ帰りました。


  1. 2009/06/18(木) 00:08:15|
  2. 岩手・宮城内陸地震

5月16日17日 避難解除直前の栗駒訪問

震災から早いもので11ヶ月の月日が経ってしまいました。やっと耕英・花山地区に5月20日に避難指示が解除になるということで、被災地を訪問してきました。
メンバーは矢野、菊池、関口、徳山の4人です。

5月16日
まずはじめに花山地区仮設住宅を訪問してOさん宅に伺い話を聞くことが出来ました。
5月20日に避難解除はされるが、花山地区においては15件のお宅がが解除されないということでした。なぜかというと土砂崩壊や落石または川の水害にさらされる危険性が解消されない家屋または地区については避難解除が出来ないということでした。
耕英地区においても同じで耕英では3件のお宅が解除されないとのことです。

被災地の一般人の立ち入り制限は引き続き行われるので、ボランティアの現地支援も今までの規制を受けた中での支援が続くことになります。
まだ観光による収入が期待できない今、被災者が元の生活に戻るのにはまだ相当の時間がかかるのではと思います。

花山地区の仮設住宅を後にして岩ヶ崎の栗駒耕英支援の館に着いて夕食の準備をしていると、耕英の人達(耕英復興の会)が3人程訪ねてきました。
あの木村先生も当地に来ていて、早速皆で酒(またはお茶)を飲みながら座談会を始めました。
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話の内容は被災地の20日以降の立入規制の状態について(基本的に一般の人は立入不可)
震災1周年イベントを6月13~14日にかけて行うこと。(とちぎの人にもイベントに来てもらいたいそうです。)
観光業が出来ないので復旧工事の工事関係者のニーズと耕英側の供給で支援的経済活動が可能か?などです。


5月17日
あいにく天候は朝から雨でしたほとんど天候の回復が見られないため早々に栃木県に引き返しました。

6月13日と14日に花山と耕英地区で震災1周年イベントが行われます。その様子は来月のお楽しみ。
  1. 2009/05/29(金) 15:20:37|
  2. 岩手・宮城内陸地震

越後のそば打ち、栗駒遠征大成功

3月29日に開催される川口町和南津のくりこま応援の会でのそば振る舞いの
応援を主目的として栗駒にいってきました。

28日、本日より高速道路料金1000円!
ということで渋滞を覚悟していましたが、車の量は多かったものの、
渋滞することもなくスムーズに栗駒に到着。
栗駒では、雪が軽く舞っていました。

3時から伝創館での「第1回地域復興交流会」に参加しました。
新潟の参加者からの中越地震の復興の経過報告がありました。
その中に和南津の丸山さんの報告もありました。
栃木に世話になった…という話が多く(苦笑) 
交流会には、川口町の産業振興課の方も参加していただきました。
今回の被災地である栗原市の対応とは違う…
あまりにも行政の姿勢が違いすぎる!と憤りや落胆のために気が… 
中越地震は、町全体が被災したことで、行政が動かなくてはならない状況であったから。
今回の栗駒は、ほんの一部分の被災だったので、被災者の視点が少ないようです。
これからの栗原市に期待したいものです。
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交流会も終盤にさしかかる頃に川口組の第2陣が到着し合流。

交流会後、場所を応援の会に移動して懇親会。
会場には、40~50名が集まりました。
耕英のお母さん方の手料理と会場内で鉄板焼きした
大量のお肉を肴に宴は盛り上がりました。
新潟人も宮城人も垣根なく親睦が深まった一夜でした。
用意されたお酒の量も半端なかったけれど、、、なくなりました。
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その夜、肉の匂いで充満している応援の会に泊まったのは、栃木の3名のみ

翌日、朝から昨夜の片付けに追われ… 
9時過ぎになりに各所に宿泊の皆さんが戻りました。
でも皆さん寝むそう・・・
新潟から持参したそば打ち道具一式を組立、そば打ち体験開始。
地域の子供たちや耕英のお母さんやお父さんが体験に参加。
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昨夜に引き続き、会場は賑やかになりました。
自分で打ったそばを早速茹でて食す。
細かったり、太かったりするそばだが、やはり自分で打ったそばは旨い!
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新潟から用意したそばも応援の会で打ったそばも合わせると80食をすべて平らげました。

片付けを済ませ、3時にはくりこまを出発。
栃木に入り渋滞のマークが。。。
西那須野ICで降りて矢野さんのナビで7時半に宇都宮に戻ってきました。
  1. 2009/03/30(月) 23:37:43|
  2. 岩手・宮城内陸地震
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